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となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第三章:大学
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大学とはつくづく今までの学校とは全く異なる場所だった。小学校、中学校、高校と、学校と名のつく場所にもう十二年も通っている。生まれてから人生の大半を学校と呼ばれる場所で過ごしてきた。

云わば学校のベテランだ、そう思っていたのだ。大学に入学するまでは。


そこでは急に様々なことが自由になった。髪型、服装、放課後の過ごし方、受ける授業、学校へ行くかどうかさえも個人の自由だ。だがその自由のせいでなくしたものもあった。


大学では今までのようなクラスという単位がない。強制的に集合させる場がないということは、それだけ誰といつ会うのかというのがその個人に依るところが大きくなる。何の気なしに毎日会えていた友人は、自分から積極的に動かなければ会えない。

つまりそれは人間関係の希薄化でもあった。


もちろん沙耶にも大学での友人はいる。だが高校の時のように、授業も昼食もトイレに行く時でさえ終始一緒というわけにはいかない。個人の裁量で動けることが増えたのは喜ばしいことだ。

だが、そこに寂しさがないわけではなかった。


“思わず大学に行く、なんて言っちゃったけど、もし大学がこちらに来ていたとしても、果たして知り合いがいるんだろうか”


ルシファーに抱えられて大学があるであろう方面に向かって飛びながら、沙耶は一抹の不安を感じていた。大学では圧倒的に他人のほうが多い。全くの外部で知人が一人もいないのと、自分の生活の一部のような場で一人なのとでは、感じるものが変わってくる。後者のほうが孤独感は強い。


「沙耶、大学とやらはまだ見えないのか。そろそろ日が暮れる」


今まで黙って飛んでいたルシファーだったが、西の空を見遣った。夕日が半分ほど地平線に沈みかかっている。もう半刻もせずに夜になってしまうだろう。街灯の一つもないこの世界では、夜に何かを探すのは困難だ。


「そうだね。でもわりと飛んでるし、そろそろだと思うんだけど……ってあれじゃない?」


きょろきょろと眼下を見渡す沙耶。辺り一面草原や木立しかなかったが、その中で突如大きな黒い塊が見えた。ショッピングセンターを見つけたときと同じく、それは辺りから浮き立ち、異様な光景に見えた。


もともと沙耶の通う大学は小高い丘の上にある。校舎自体もその丘に沿うように建てられているため、敷地内は坂になっており、校舎自体も斜面に建っている。敷地の入り口からどんどんと奥に進むにつれ、坂を登るような形状になっているため、手前の校舎から奥の校舎に行くときは、二階からでないと隣の校舎の一階に移動できないような特殊な構造になっていた。要は大学全体が丘と一体化しているということだ。


そして召喚されていた大学はその丘ごと召喚されているようだった。一面平らだった場所に、突拍子もなく出現した丘付きのそれは、周囲の景観を一切慮ることなく、無遠慮にそこに存在していた。


「ショッピングセンターのときも思ったけど、私たちを召喚した人たちは凄いことをやってるはずなのに、何か……大雑把だよね」

「性格が伺い知れるってもんだ。絶対碌な奴じゃねえな」


“ルシファーには言われたくあるまい”


「何だ、何か言いたいことでもあんのか」

「別に」


二人は大学の建つ丘の近くの木立に降り立った。いきなり飛んできた姿を見られて驚かれるのを避けるためだ。その頃にはずいぶんと辺りは暗くなってきていた。


「ルシファー、今度は一緒に来てもらうからね! もう暗くなるし、どう考えたってショッピングセンターより大学の方が広いんだから、何かあってもすぐに呼びに行けないんだよ」

「ああ? こっちのが人間の気配が多いんだよ。面倒臭え、近寄りたくねえ」

「たまには隷属契約を遵守してみろ!」


文句を垂れるルシファーを半ば引きずるように連れ出す沙耶。ルシファーの腕を引っ張りながら大学に近付いていった。


近くまで来ると、改めて異様さを感じる。所々崩れ落ちた場所はあるものの、あの日電車に乗って帰宅する前に見た校舎そのままだ。明らかな異世界然とした景色の中に、毎日見ている建物があるというのはどうにも違和感が強い。その異様さによるものなのか、まるで見知らぬ場所に足を踏み入れるように緊張した面持ちで門に近付く。


大学はこの門からぐるりと周囲を囲むように塀が立っている。なので必然大学に入るにはこの門を通らねばならないのだが、閉校時には鉄の格子で閉じられるはずの門が解放されている。

だがその門の手前に人が立っていた。


「あ、もしかして門番的な……」


ショッピングセンターについた時、入り口に藤田たちが立っていたのを思い出す。ここでも同じく二人の人影が見えた。知り合いではないだろうかと、そわそわとしながら歩み寄る沙耶。暗くなってきたからかあまり顔がよく見えないが、やはりその顔に見覚えはなかった。


「えっ、あ! もしかして遭難者の人ですか!?」


沙耶たちに気付いた一人が声をかけてきた。もう一人も続ける。


「もうあらかた周辺の人は保護したと思ったんだけど、まだいたのか。大丈夫ですか?」


駆け寄ってきた二人に沙耶は何度も首を縦に振って、問題ないのだと伝える。駆け寄ってきたのは男性一人と女性一人だ。年の頃を見ても、おそらくどちらも在校生だろう。躊躇いがちに沙耶が口を開いた。


「あの、私ここの一年なんですけど……」

「ええっ、マジ!? そうだったんだね、一緒一緒! 私たちは二年!」

「というか何で今までここに来なかったんだ? よく無事だったな」


二人が驚嘆の声を上げる。同じ在校生とわかったことで二人の態度が親しくなった。沙耶もやっと緊張が解けたのを感じた。

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