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となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第十七章:孤塔の楽園
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宵闇の気配を残す暁の頃だった。

褥に縋り付くかのように地平線からゆるゆると昇る太陽だったが、遮るものなど聳え立つこの建物一つの荒野ではそれで十分だった。気温は低く、風は強いが、横から差し込む陽の光に照らされた箇所がじんわりと温かくなっていく。


良い旅立ち日和だった。


ここ数日復興作業を手伝ったり魔物狩りを共に行ったりしていたからだろうか、沙耶は丁重に断っていたのだが、早朝の出立にも関わらず顔見知りになった少なくない人たちが見送りに集まっていた。その中には純太も諒もいる。

沙耶は彼らに感謝と別れの言葉を交わしていく。


彼らと過ごした期間は長くはない。しかし交通手段も連絡手段もないこの世界だ。これで最後かもしれない、と思うと存外言葉は尽きない。挨拶だけ、と思っていたのが結局全員に声を掛け終わる頃には日は高く昇って辺りは随分と明るくなっていた。


沙耶は最後に翔へと声を掛けた。

昨晩まで騒がしい程引き留めに必死になっていたとは思えない程、今は静かだ。他の人と話している最中、声も聞こえなかったし姿も見えなかった。その為沙耶は、翔は来ていないんじゃないかとすら思ったほどだ。その普段とのあまりの差に、沙耶は小さな違和感を抱きつつも「まあ、昨日あれだけ話したしな」と自分を納得させていた。


挨拶がある程度済み、周囲を見渡した際に漸く見つけた翔に沙耶が簡単に謝意と別れの言葉を掛ける。


「滞在中は色々ありがとう。それじゃ、行くね」

「あ、はいっす」


やはり翔は何処か上の空だ。

首を傾げつつも沙耶はユキに跨った。長い、長い挨拶で待ちくたびれたルシファーがそろそろ限界だ。


「それじゃ皆さん、お世話になりましたー」


そう大きな声で呼び掛けると、皆口々に別れの挨拶を返してくれた。


「こっちこそなー」

「元気で!」

「また遊びに来てよー」


沙耶はその答えに笑顔を返す。


そして歓声のようなそれらの声に背を押されるようにしてユキは駆け出した。ルシファーも「やっとか」と肩を竦めて翼を広げる。

そしてあっという間にユキとルシファーは上空へと飛び上がった。


もう顔も見えないだろうに、皆まだ手を振り続けてくれていた。だがぐんぐんと上昇するにつれ、大きかった声も段々と声も聞こえなく、見送る人たちの姿が小さくなっていく。

沙耶は最後にユキから身を乗り出して地上にいる人たちにも見えるよう手を大きく何度も振り、そして「よし」と前方へと視線を戻した。


その時だった。


「沙耶ちゃーん!」


一際大きな叫び声が聞こえた。もう疎らにしか聞こえていなかった人々の声を抜けて翔の声がした。


沙耶は咄嗟に地上を見下ろすと、驚き声を上げる人々を押しのけて、バハムートが出現していた。突如現れ、大きく羽ばたくバハムートに人々は蜘蛛の子を散らしたようにその場から逃げ出す。文句を言っている声も聞こえる。

翔たちはそんな声など聞こえてもいないように直ぐに沙耶たちの前へと飛び上がってきた。


「翔くん!?」

「沙耶ちゃん! あの、俺……!」


勢いよく飛び上がってきたものの、翔は口籠る。ルシファーが腕を組んでせせら笑った。


「はっ、なんだ。やっぱり消化不良だったか。決着をつけていけと」

「えっ!? 今から?」


ルシファーの言葉に沙耶が苦虫を噛み潰したような顔をする。だが翔はルシファーの言葉の意味がわからなかったかのように目を瞬かせる。


「は、え? あ! いやいや、違うっすよ! 俺そんな戦闘狂じゃないっす」

「それは……つまり俺が戦闘狂と――」

「だとしたら何かあった?」


慌てて首を横に振る翔に、ルシファーが何か呟くが、沙耶はそれを無視して話を続ける。


しかし改めて沙耶にそう尋ねられ、翔は再び口籠る。口を開いては止めるのを繰り返す。何か言いたいことがあるのだということは伝わったので沙耶は急かすことなく翔を待つ。


そして何度か口をはくはくと開け閉めした後、何か決意を決めたような顔をした。


「あのっ! ……ま、また必ず寄ってくださいっす! 絶対、絶っ対っすよ!」

「え、う、うん」


何を言われるのかと身構えていた沙耶だったが、翔から発せられたのは再会を望む、ある意味ありきたりな言葉だった。


「試練とやらが終わったらまた東の方に戻るんすよね! その時は必ずこの拠点に寄ってくださいね!」

「そうだね、そのつもり」

「絶対、絶対っすから!」


翔は鬼気迫る顔でそう何度も繰り返す。終いにはうんざりした顔をしたルシファーが「くどい」と言って移動し始めてしまった。


「あ、ちょっ……もう。じゃあ翔くん、またね」


置いていかれないように沙耶とユキも慌てて移動を開始する。沙耶は最後に翔へと手を振り、ルシファーの後を追うようにして去っていった。



「ほんとーにいいの」


釘付けになったように、既に見えなくなった沙耶の背中を見つめ続ける翔に、真紅の鳥の隷獣に跨った純太が声を掛けた。


「……何がっすか」

「俺が言わなくたってわかってんでしょ。ほんとはお前――」

「うわー! 言葉には出さないでほしいっす! わかってる、わかってるんすよー」


叫んでバハムートの上で蹲る翔に、純太が呆れたように肩を竦めた。


「だって、だって拠点がこの状態なんすよ。なのに」

「はいはい。まあ、正直俺たちも助かってんだ。だからこれ以上は言わねえけどさ。でも全部片付いたらお前の好きにしていいんじゃない」

「俺の、好きに……」


翔がぽつりと純太の言葉を繰り返した。その瞳は未だに空の彼方を見つめ続けている。


空に浮かぶように飛ぶ彼らの間を、風が強く吹いていた。

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