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「何でそんなのが起こるの?」
「それによりにもよって何で俺んとこの拠点に」
「さあな。現象として知られてはいるが、その原理は未だ不明だ。今回はたまたま狂奔化した集団の一番近くにあったのがここの拠点だったってだけじゃないのか。どうやら周囲一帯に他の拠点はないようだしな」
「そんなー」
がくりと肩を落とす翔。
ということは最早これはある種の天災のようなものだ。その現象はなんの意図もなくただ発生し、ただ偶然その場にいた者たちを巻き込んでいく。
だがこれも天災と同じく対策をとることは可能であろう。
「精々次の拠点には防衛機能くらい持たすんだな」
「う! ううん」
翔が唸った。
苦笑する沙耶だったが、その時思い出していたのはあの平城京跡の拠点だ。あそこの何重にもなる塀や堅牢な門などの厳とした防衛機能は理に適っていたのだ。もしかするとあそこも狂奔化による襲撃を受けたことがあるのかもしれない。
物思いに耽る沙耶の隣で翔がぶつぶつと今後について思案を始めていた。
「ってことは城壁みたいなのがやっぱ必要で、まずそもそもあんな上空からの襲撃に無防備な縦長の拠点の形が無理なのか……」
蹲って頭を抱える翔。
確かに平城京跡の拠点と比べるとここの拠点は明らかに守りに弱い。異様な全形、守りにくい縦長の構造、継ぎ接ぎの建物たち、迷路のような室内。防衛機能など無いに等しい。
だがそれがこの拠点の個性でもあるのだ。そしてこの拠点の人々はそこに誇りを持っている。
「いやでも、そうなると今までみたいな拠点は……ううーん。……沙耶ちゃんはどう思うっすか」
翔が縋るような目で沙耶を見上げる。突然問い掛けられて驚く沙耶。
「えっと、それは……」
余所者である自分に聞いても。
そう言いかけて口を噤んだ。
そんなことは翔だって百も承知なのだ。だがそれでも誰かからの言葉が欲しいということなのだろう。
沙耶は少し逡巡すると、意を決したように翔に向き直った。
「私はこの拠点の人でないし、直ぐにここを離れちゃう人間だから無責任な発言になるよ。それでもいいなら言わしてもらうと――私はここの拠点とても面白いと思ったの」
沙耶がおもむろに窓の外を覗く。崩れかけていても、空を穿つように伸びる巨塔は異様で圧倒的な唯一無二の存在感を放っている。
「あんな不思議でおかしなもの、元の世界じゃまず有り得ないでしょ。それがああして建っている。凄く「幻視界」って感じの、この世界を象徴するような建物だなって思ったの。初めて見た時、凄く興奮した」
初めてここに来た時の衝撃を思い出す。建物を見てあれ程驚くことは唯物界ではきっとないだろう。
「だから私個人の、勝手な意見でいうと、あのスタイルは貫いてくれたら……嬉しい。でも実際にここに住むのは私じゃなくて君たちだから、君たちの納得する形に落ち着けるといいなと思ってる」
翔は沙耶の言葉を固唾を呑んで真剣に聞いていた。
「うん。……うん、そっすね」
そして何度かひとりごちるようにそう呟くと、固くなっていた表情を緩めた。
「はは、こんな時に沙耶ちゃんたちがいてくれてよかったっす」
泣き出してしまいそうな笑顔だった。悲しいような、安堵したような、そんなものがない混ぜになって発露していた。その笑顔を向けられた沙耶はというと、それとは対照的に、申し訳なさそうに作り笑いを浮かべることしか出来なかった。
“私たちが来なければ翔くんはルウと無茶しなかったわけで、ならそもそも強襲を受けてもあそこまでやられる前に防衛だって出来たんじゃ…… “
そうは思うが声には出せずにいた。所詮たらればに過ぎぬし、万が一「確かにそうっすね」などと同意されても困る。そうして遂には感極まるような翔を他所に、歯切れの悪い返答しか出来なかったのだった。
その後なんだかんだで沙耶たちは結局、この拠点に数日逗留することとなった。そもそも長旅の疲れを癒そうと拠点を探していたというのに、つくなりルシファーは翔と戦闘を始め、そのまま魔物との戦闘に突入し、沙耶はというと岩に閉じ込められてぼろぼろだ。
全く休めてなどいない。
そこで翔たちの必死の頼みもあって休息の為、片付けの手伝いの為、情報共有の為に滞在を続けたのだ。
沙耶たちが手伝ったおかげかわからぬが、拠点は早々に元の生活を取り戻し始めた。どうやらウケによって作られた建物は、壊れてその用途を果たせなくなると、地素として分解され消えてしまうようだ。おかげで大量の瓦礫の処分を考えずに済んだ。
また強襲してきた大量の魔物から魔結晶がこれまた沢山取れた。その魔結晶を使うことで建物の再建も容易になった。
結局この拠点はこれまでと同様にあの奇異で異様な格別の拠点の形を踏襲するらしい。どころか壊れたのをいいことに、「次はこうする」だの「あそこはこうしたかったからラッキー」だのと皆意気揚々としている。
それを眺める沙耶たちは目を丸くするが、呆れるルシファーに対し、沙耶はそんな彼らから元気をもらったような心地になった。




