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沙耶が助け出された時には既に魔物の襲撃は治まっていた。
というのも沙耶たちが閉じ込められている間に、ルシファーとユキとで早々にある程度の魔物を一掃してしまったらしい。その圧倒的な力と貢献により、拠点の人々からは畏怖が滲む眼差しで感謝された。
その拠点はというと、所々が崩壊し、継ぎ接ぎのような建物の一部だったり全部だったりが剥がれたようにして崩れ落ちていた。拠点の周囲はそれらの瓦礫が散乱し、その周囲には途方に暮れる人たちも散見された。怪我人も少なくない数、出ただろう。
だが殆どの者が既に前を向いて活動的に動き始めていた。怪我人を集めて休ませ、瓦礫を片付け、被害状況をまとめている。中にはもう次の作り直す拠点の建物について構想し始めている気の早い者までいたほどだ。
彼らからすれば拠点は半壊し、怪我人も出たが、ただそれだけなのだ。
誰一人として欠けることはなかったというのも大きいだろうが、彼らの顔は明るかった。沙耶はそんな強かな程の前向きさに思わず舌を巻いていた。
沙耶はそのまま手伝いを申し出た。拠点の人々は沙耶やルシファーたちの実力は嫌と言うほど知っている。沙耶の申し出は感謝と共に受け入れられた。
とはいえ部外者である沙耶に出来ることなどたかが知れている。瓦礫の除去などは手伝うことも出来たがそれ以外では力になれない。寧ろ謝意からから気を遣わせてしまっていた。
手伝おうとして逆に負担を増やしてしまっては意味がない。
沙耶はウケから物資の補充だけさせてもらい早々に去ることに決めた。
だがそれを引き留めたのは翔だった。
「わー! 待って待って! そんなすぐ行かないでほしいっす!」
「でもお邪魔になっちゃってるし……」
「ぜんっぜんそんなことない! てかほんと俺たちのことを思うならまだいてほしいっす!」
そう言って翔は沙耶を急遽ウケに作らせた仮設の建物に引っ張り込んだ。
曰く岩の隙間で聞いた話を詳しく知りたい、とのことだった。翔は人払いを済ませ、他の者には知られたくないことは他言しないと約束した。
沙耶もそこまで言われると断ることは出来なかった。
仮設の建物は一時的な避難場所としても使用するらしい。今は皆復興作業で出払っている為誰もいないが、三十人は寝起き出来る広さの建物だった。外観はのっぺりとした変哲もない壁で、ぱっと見ただの箱のようだ。いくつか等間隔につけられた窓もただガラスを嵌め込んだだけのような簡素な造りだ。中は板張りの床に剥き出しの壁そのままで、「ここを長期間使用するつもりはない」という覚悟のような、開き直りのようなものを感じた。
翔はそこにいくつかの果物と飲み物、座布団を用意した。
これは長くなりそうだ。
翔はあれほど混濁した状態であったにも関わらず、沙耶の話した内容を殆ど覚えていた。それもただ覚えているだけでなく、自分なりの解釈も持って沙耶に細かい箇所を尋ねてきたのだ。その為沙耶の話の詳細についてはそれ程時間をかけることなく話し終えたのだが、その次に論点となったのは今回の大量の魔物による襲撃についてだった。
それまでは我関せずと床の上で横になっていたルシファーも沙耶に叩き起こされ、どういうことなのかと問い詰められる。これまでいくつも拠点を見てきたし、拠点への魔物の襲撃も経験してきた。
だが今回のような巨大な魔物も、小さな魔物も遍く襲ってくるような事態は沙耶も初めてだった。
息巻く沙耶たちに、ルシファーは気怠げに首をひねった。
「あー多分ありゃ狂奔化だ」
「狂奔……狂うってこと?」
「ああ。魔物は魔界で生み出されるって言ったろ。その生み出された魔物はこの地界全体に排出されるが、それが集中するパターンが二つある」
ルシファーがおもむろに指を二本立てる。沙耶と翔がその動きを目で追う。
「一つは「大穴」と呼ばれる場所だ。イメージ的な話になるが、魔界と地界の間には無数の穴があると考えろ。そして魔界で生み出された魔物どもはその穴を通って地界へ排出されるわけだ。穴の一つ一つは小さく魔物も一匹ずつしか出てこない。だがいくつかこの穴が巨大で密集している場所がある。それが大穴だ」
小さな穴から一匹ずつならば、大きな穴となれば一度にどれだけ出てくるのか。
「あ、もしやここの近くにその大穴があったってこと?」
はっと思いついたように手を挙げた沙耶の額をルシファーが指で弾いた。
「黙って聞いとけ。パターンは二つあると言ったろ。こんな突然の強襲は今までになかったんだろ」
「そうっす。これまでも何度かでっかい魔物が襲いにきたことはあるっすけど、そん時は一匹二匹くらいで、俺がいなくても皆で対処出来てたんすよ……」
翔が苦虫を噛み潰したように顔を顰める。ルシファーがそれを聞いて納得したように続ける。
「やはりな。てことは二つ目のパターンで間違いない。狂奔化だ」
「ああ、さっき言ってたやつ」
「魔物は基本的に穴から排出された後はそこらへんをうろうろして生き物の気配を感じるとそれに向かって襲いかかる。だが奴らの気配察知能力はたかが知れていて、その有効範囲は割と狭い。だから今回のように軍勢のような数が集まることはまずない。だが時折魔物どもが図ったように集団と化し、それが一心不乱に侵攻を始めることがある。それが狂奔化だ」




