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すると余裕が出てきたのだろう、周囲へと注意を向けられるようになった翔が、沙耶の持つ光る魔結晶に気が付いた。
「そういえば沙耶ちゃん。その光ってるやつ、ライトか何かかと思ったっすけど、ただの魔結晶っすよね? 何で光ってるんす?」
「ああ、これ? 刻式って言って、魔結晶に式を刻み込むと色んな現象を起こせるんだよ。で、これは光る式を刻んであって、魔素を流すことで光らせることが出来るってやつ」
「こく……? もしかしてウケから交換したとかっすか?」
「ウケ? 違うよ、これはさっき私が作ったの」
「作る? ……いや、今はまあいいや」
翔はまだ上手く回らない頭で深く考えるのはやめたようだ。それよりも先程から気になっていたことを沙耶に尋ねた。
「それよりそれ、魔素を使って光らせてるってことっすよね。大丈夫なんすか、さっき俺とルシファーがやり合った時に、あんだけの威力の攻撃を何発も放ってましたけど。あれ、ありえねえほど魔素消費してるっすよね」
自分はこれ程に魔素の消耗でへばっているというのに、ルシファーの主である沙耶は平然として、今もよくわからない装置に魔素を流し込んでいるという。
沙耶は翔の問い掛けに不思議そうに答える。
「うん? ああ、あれくらいなら大丈夫。それにもう今はそんなしょっちゅう気絶はしなくなったの。それにちゃんと気絶する前に魔素の供給を止められるようになったし」
「え、ええ?」
何気なく返す沙耶に、翔が困惑を露わにする。沙耶はその翔の反応の理由がわからず首を傾げるが、はっと息を呑んだ。
“そういえばこれは共通認識じゃなかった! “
そのことに気が付くと沙耶が慌てて口早に取り繕う。
「あ、ええっとほら、魔素が無くなってくると気持ち悪くなるじゃない? あれがもっと無くなると気を失うんだよ。で、他の人からそれは危ないから止めろって言われて。それでええーっと、魔素を使いすぎないように特訓したっていうか、開きっぱなしだった蛇口の栓を自分で締められるようになったみたいな……」
咄嗟の弁解はしどろもどろで、沙耶も話している最中で何を言っているのか分からなくなっていた。だが翔は沙耶のその頼りない説明を聞いて理解し、驚いていた。
“魔素が足りなくやって気持ち悪くなったことは俺にもあるっすけど、気を失ったことは流石に一回だけっすよ。でもあの一回だって俺、死んじゃうかと思うぐらい怖かったのに、あれを、何度も? “
翔は当時を思い出して身震いした。
あの己の意識が底無し沼に引きずり込まれていくような感覚。いくらもがこうとも叶わず、沈んで、沈んで、落ちていく恐怖。死を実感したことなどそれまでなかったが、あれがそうだと言われれば思わず納得してしまうだろう。
それ程に怖気立つ感覚なのだ。二度と味わいたくはない。
とはいえそもそも気絶するまで魔素を使い切るようなことは、やろうと思ってできるものでもない。その前に身体が拒否反応を示すのだ。倒れるまで走り続けることなど出来ないように、息が切れれば普通は足が止まる。
それを目の前の少女――年上と知って尚少女と思ってしまう程小柄なこの人――は他人から注意される程何度もそれを経験しているのだという。
翔はこの拠点の一番の実力者である。それは自他共に認めていることだ。寧ろこの世界で自分と並ぶ者などないとすら思っていた。事実翔に敵う者は他にいなかったし、どんな魔物でも翔が戦えば鎧袖一触だった。
だから突然現れた異様な気配に勝負を挑んでみた。これまで全力で戦ったことなどなかったのだ。どこまで力を出せるのか試してみたかったし、負けることすら考えになかった。
だが実際はどうだ。
互いの隷獣は大きく負傷はしなかったものの、主である自分は疲労困憊で意識も失った程だというのに、相手の主は飄々としている。だというのにその少女は驕るような気配を微塵も感じさせず、翔ですら考えの及ばぬようなことも当たり前のように言う。
“何だ、この子……!”
乾いた笑いが零れていた。
正直、沙耶の第一印象はあまりなかった。圧倒的な気配を放つルシファーが専らの興味の対象であり、沙耶のことはそのおまけ、その程度の興味しか翔にはなかった。
だがそれが今、完全に覆った。
人によっては大した出来事ではないのだろう。ただ助けられたことに謝意を述べれば済む、小さくはないがそれまでの出来事かもしれなかった。
だが翔の受けた衝撃はそんなものではなかった。それはある種の回心の如き、信仰を新たにするかのような衝撃だったのだ。
「――やべえ隷獣の主が、ただの人のわけがないっすよね」
「うん? 何か言った?」
思わず零れた言葉が聞き取れなかったのだろう、沙耶が翔へと聞き返す。だが翔はその問い掛けには答えずに続けた。
「ねぇ沙耶ちゃん」
「ん、なに?」
「西へ行くのって……本当は何でなんすか」
変わらない翔の声音。気負いなく発せられたその言葉に思わず沙耶は動きを止めていた。平静を装い、問い返す。
「あの時の私の言葉は本当じゃないと」
翔は内心動揺する沙耶の心情に気付いているのかいないのか、そのまま続ける。
「うーん……「興味」ってのも嘘じゃないとは思うんすよ。でも多分それが一番の目的じゃないすよね。ま、ただの勘っすけど」
そう言う翔の目は確信に満ちていた。沙耶は息を呑んだ。
ここまで確信する翔に、これ以上の誤魔化しは恐らく無意味だろう。
沙耶は観念したように本当の事実を話した。




