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となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第十七章:孤塔の楽園
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「うっ……」


暫くもしない内に、翔の呻き声が聞こえた。沙耶は声のした方向へ這い寄る。


「翔くん? 大丈夫?」

手探りで翔を探す。手を岩にぶつけて擦り傷を作りながらも、少し離れた場所で翔と思しきものに手が触れた。

しかし見つけたはいいが、やはり暗くて様子が確認できない。


“やっぱり明かりがほしい“


だがランタンのような光源となるものなど持ってはいない。荷物を減らす為、ルシファーの力で代替出来る物は省いているのだ。そのため今沙耶の手元にあるのは着ている服と背負っている小さな鞄に入っている小物くらいだ。


“何かなかったっけ“


記憶を辿るようにして服や鞄の中を漁る。腰には小さなナイフ、鞄の中には水筒や裁縫道具、包帯や干果物が入った小袋などが無造作に突っ込まれている。殆どの荷物は大きな鞄に突っ込んでユキに持ってもらっているのだ。背負っている鞄にはよく使うものや、細々とした物しか入っていない。果たして何か使えるものがこの程度の中にあったかと、半ば諦めながらも更に奥へ手を伸ばすと、小さな巾着袋に指が当たった。


“これは……ああ、魔結晶か。でもこんなの今あったって”


そう思い、どかそうとした時、その手が止まった。


「あ、そうだ。作ればいいんだ」


沙耶は押しのけた巾着袋を摘み上げた。指先で感触を確かめながら中から一つの魔結晶を取り出す。


沙耶が持つ魔結晶の数は膨大だ。

移動中に遭遇する魔物は勿論のこと、ルシファーもユキも沙耶の知らないところで勝手に魔物を狩っては魔結晶だけを持ち帰ってくることが度々ある。

ルシファーは気晴らし、ユキは食事の為だろうが、そういった理由で沙耶は知らず知らずの内に魔結晶をかなりの数所有することになった。それを全て常に身に着けて運ぶことは出来ないので、大部分をユキに持ち運んでもらい、その内のいくつかだけをこの財布代わりの巾着袋に入れているのだ。


沙耶は取り出した魔結晶を手の平に乗せ、集中するように目を閉じた。


“大丈夫。見えてなくてもこれはもう何回も作ったことがある”


頭の中で式を思い描き、その後の手順を想像する。何度も繰り返した動作だ。身体が感覚を覚えている。

沙耶はふっと短く息を吐くと、一気に指先を動かした。頭の中で思い浮かべた式を魔結晶に刻み込んでいく。丁寧に、淀みなく、でも素早く確実に。


そしてあっという間にひとつの刻式が完成した。


続けて沙耶は集中を切らすことなくその刻式へ魔素を流す。すると式の刻まれた魔結晶がぼわりと光を放った。光量はそれ程でもないが、ずっと暗闇にいた為か、目を開けていられない程眩しい。

思わず沙耶は顔を背け、徐々に薄めを開けていった。光に慣れ始めた目を何度か瞬かせると、漸く周囲が見えるようになってきた。


やはりここは岩と岩の隙間のようだ。立ち上がれない程狭いと思っていたが、沙耶の慎重ならば上体を起こすことは可能だろう。


沙耶は横に倒れている翔の様子を窺う。呼吸は安定している。所々擦りむいているようだが、大きな怪我や傷は見られなかった。


「つっ」


魔結晶を握る手に痛みを感じ、顔を歪める。恐る恐る手を開いてみると、手の平の皮が擦れて剥けてしまっている。そこから血が滲み出して手が真っ赤になっていた。恐らく翔を抱えてバハムートの手綱を握りしめた時だろう。その時は必死で痛みにも気付かなかったが、かなりの摩擦が手の平に加わっていたらしい。

想像よりも痛々しい見た目に、思わず苦笑が漏れた。


“あー……これは気付きたくなかったやつ”


沙耶は傷口を直視しないよう極力目を逸らしつつ、鞄の中から包帯を取り出した。包帯など唯物界にいた頃はとんと使ったことなどなかったが、なんだかんだこの世界に来てから使うことが増えた。慣れない手つきながらも、なんとか手に巻くことが出来た。


沙耶が一息つくと、横からくぐもった呻き声が聞こえた。


「ん、う」

「翔くん。目、覚めた?」

「あ、何が起こって……うっ」


翔は意識を取り戻すなり、その場に嘔吐した。沙耶は背中をさすってやり、水筒から水をよそって渡した。


「うえ……す、すいませんっす、こんな」

「大丈夫、大丈夫。私も何度もやったことあるし、気にしないの」


申し訳なさげに謝る翔に、沙耶は努めて明るく振る舞う。

人前で嘔吐して迷惑をかける心地悪さは沙耶も何度も通ってきた道だ。翔の思いは痛い程わかる。


沙耶はゆっくりと水を飲ませながら、ここまでの顛末を簡単に伝えた。翔は息を整えつつ、噛み締めるようにして沙耶の話に耳を傾ける。話を聞き終える頃には大分調子を取り戻していた。

大した精神力だ、と沙耶は内心感心する。


「色々と迷惑かけちゃったみたいっすね。ほんとすんませんっす」

「あはは、いいって。うちのが無理させちゃったせいもあるだろうし」


あっけらかんと話す沙耶を、翔がまじまじと見つめる。


「沙耶ちゃん……なんか余裕っすね」

「え、そうかな? でも……そうだね。こんな状況でもルウが必ず助けに来てくれるってわかってるからかな。あんまり心配してないかも。ふふ、きっとすんごいご機嫌斜めな顔して来るよ」


その言葉には己の隷獣への確かな信頼が現れていた。

その言葉で何故か翔も安心することが出来た。

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