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となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第十七章:孤塔の楽園
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まるで地割れのような低い音が響いた。


それはルシファーが放ったわけでも、バハムートが放射したわけでもない。それはルシファーとバハムートから遠く離れた場所から、拠点のある方角から聞こえてきたのだ。


水を差されたように面食らう両者。

互いに溜めた力は霧散し、音のした方角へと目を向ける。


「ん? ……ほう」


興醒めしたように不服げな顔をしていたルシファーが口角を上げた。


「おい、お前」

「っへ? あ、何っすか! っていうか今のって一体……」

「戻らなくていいのか。あそこの頭をやっているんだろう」


未だ状況が呑み込めずに困惑していた翔だったが、ルシファーの言葉を聞いて事態に見当がついたのだろう。顔をさあっと青くさせた。


「ま、まさか!」


翔はバハムートを急旋回させ、ルシファーへと背を向けてあっという間に飛び立った。ルシファーはそれを見送ると肩を竦め、放置していた主の下へと飛んだ。


ルシファーは見つけた沙耶を見下ろして言葉を失った。予想していたとはいえ実際に目の当たりにすると、改めておかしな人間なのだとわかる。


沙耶はこの状況下で眠っていたのだ。


「おい。おいこら、何寝てやがる」

「……んん、ふあ……。あれルウ」

「あの中でこんだけ深く眠れるとか、お前の神経は丸太か」

「むあ、失礼な」


そう言って漸く沙耶はユキから身体を起こした。そして寝ぼけ眼で続ける。


「だって砂埃でこんな遠くからじゃ全然見えないし。それに負けないでしょ」


沙耶はなんてことないようにそう返した。ルシファーは目を瞬かせるが、直ぐに満足そうににやりと笑みを浮かべた。


「わかってんじゃねえか」


沙耶は「何をニヤついているんだ」と訝しげにルシファーを見返す。


「んで、終わったの?」

「ん? ああ、いや。ほれ」


ルシファーが顎をしゃくる。沙耶がおもむろにルシファーが指し示す方角へ目を凝らすと、彼方に巨塔のような建物が見えた。翔たちの拠点だ。

その拠点で何かが動いた気がした。眉を寄せて一層目を凝らす。


「ん? ……え、ええーっ!?」


目を見開き、驚愕の声を上げる。動いたと思ったものは、拠点の中程から崩れ落ちゆくオベリスクだったのだ。

よく見れば拠点の下層辺りが砂で煙っている。上層から落ちてきた建物で砂が舞い上がっているのだろうか。


沙耶は驚きのあまりもたれかかっていたユキから転がり落ちる。無様に体を打ちつけるも、気にしている余裕などなかった。動転する沙耶を、ルシファーが呆れ顔で見下ろす。


「何やってんだ」

「何って……いや、こっちこそだよ! な、あれ、どうしたの!」

「知らん。だが気配から察するに……襲撃だな」

「え、襲撃って」

「魔物だ」


沙耶は再び拠点を、特に下層の煙の周辺を凝視する。するとその煙の合間に蠢く巨大な何かが見えた。


「うわ、わ……大変! 助けなきゃ!」

「いいのか?」

「え、何が!?」


慌てふためく沙耶に反してルシファーは落ち着き払って呑気なものだ。沙耶はルシファーに先を急かした。


「助けに行くと、俺が隷獣だとバレるぞ。あの小僧ともう一人だけに情報は留めるんじゃなかったのか」

「あ……」


沙耶は冷や水を浴びせられたように、はっとして冷静になった。


そうなのだ。

その為にわざわざこんな拠点から離れた場所まで移動してもらったのだ。


沙耶は暫しこめかみを押さえて苦悶すると、頭を左右に振った。


「いや! もうそんなこと言ってる場合じゃない! やばくなる前に魔素止めるから、それまでは好きにやりなさい!」


吹っ切れたように言い放った沙耶に、ルシファーが口角を上げた。


「いいだろう!」


そう言うや否や翼を広げ、拠点へと向かって目にも止まらぬ速さで飛んでいってしまった。

沙耶もすかさずユキに飛び乗り、後を追う。



拠点では隷獣と魔物とが入り乱れての大混戦となっていた。もはやどれが味方でどれが敵なのかも判別がつかない。それほどにここの拠点には戦える者が多く、それほどに数多の魔物に襲撃されていた。


見渡すと翔は拠点から少し離れた場所で、拠点に向かおうとする魔物を一手に対応しているようだ。バハムートのあの巨体だ。拠点近くでは身動きが取りづらいのだろう。拠点に取り付いている魔物には純太や他の者があたっているようだが、対応しきれていない。


「ルウ! 拠点周りの魔物をお願い!」

「ああ」


沙耶が声を掛けると、ルシファーは既にわかっていたかのように迷いなく向かっていく。


「建物は壊しちゃ駄目だからね!」


飛び去る背中に叫ぶと、ルシファーは片手を上げた。

器用な男だ。ルシファーならば建物に張り付いた魔物だけを狙って倒すことも出来るだろう。


「私たちは救出の手伝いだね」


ユキが意気込んだように吠えた。拠点の作りは縦に長い。上階にいた者たちの避難が間に合ってないはずだ。現に空を飛べる隷獣持ちたちが必死に、そうでない者を乗せては地上とを往復している。


建物に近付こうとしたその時、ふとバハムートの動きが目に止まった。ルシファーと戦った時と比べて動きに精彩を欠いているように見える。攻撃も炎を吐き散らすことはせず、腕を振り回したり尾で薙ぎ払ったりするのが主なようだ。


“翔くんに……何かあった? “


拠点に近付こうとする魔物を翔が抑えているのだ。翔が崩れると途端に拠点の防衛は一気に瓦解するだろう。

ならば被害を抑えるには。


「ユキ、やっぱり先にあっち」


沙耶はバハムートを指差した。ユキは駆け出しかけていた足を止め、勢いそのままに方向転換する。そして一直線にバハムートの元へと向かった。

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