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その様子を遠くで沙耶がユキにもたれて眺めていた。戦いの激しさにルシファーたちの周囲一帯は砂埃で殆どよく見えないが、弾ける光と、飛び交う火炎、巻き起こる竜巻がその粉塵の合間合間に見えていた。
きっとあの中では想像を絶するような激しい戦いが繰り広げられているのだろう。
だがそれは沙耶にとっては関心を払うに値しないことだった。
それはルシファーに対する揺るぎない信頼によるものであるのだが、それ故に沙耶にとって気になるのは勝負の行方よりも、魔素切れと何より吹き付ける風から如何に身を守るかということだった。
ここは砂漠とは違い、岩山がある。その影に隠れれば一応は風を防ぐことができる。だが風向きは四六時中変わるのだ。四方を囲まれているわけではないので結局風からは逃れられない。
結局沙耶は魔素切れを心配しつつもユキに出てもらって風除けと暖の提供を頼まなければならなかった。
「あー何時までやってんだろ、あれ」
地面に丸まるユキに埋もれるようにして座り込み、視界の端に激戦の様子を捉える。
感覚としてはまだ魔素量は大丈夫そうだ。ルシファーはかなりの大技を使っている気がするが、本当に魔素量が増えているのだろう。それは喜ばしいことではあるが、そうなると魔素が危うくなるまであれが続くということだ。
「ご覧、ユキ。あれが怪獣大戦争ってやつだよ。ドラゴンとの戦いだなんてなんか面白そうって初めはテンション上がったけど、今はもう……ね。土埃でよく見えないし」
溜め息混じりに呟く沙耶に、ユキは尾をぱたりと振った。ユキもあまり興味はないようだ。
遠くで響く轟音をBGМに、沙耶は目を瞑った。耳にうるさい程の音だが、次第にそれが沙耶の意識と共に薄れていく。瞼が重い。
そして何時しか完全に聞こえなくなっていた。
「あ? なんだ……?」
「なーに余所見してるんすか!」
唸りを上げてバハムートの尾がルシファーへと襲いかかる。ルシファーはそれを飛んで躱すと、沙耶がいるであろう方向へ目を向ける。
隷属契約では主の命が最優先だ。主の身に何かあればどれ程離れていてもわかる。そもそもルシファーにとってこの程度の距離は離れているには入らない。隷属契約などなくとも沙耶の気配は感じ取れる。
“沙耶の気配はある。何か傷を負ったとかはねえ。魔素も十分だ。だが何だ、気配が少し薄くなったような“
違和感に眉を顰めながら、飛んできた火球を躱す。
だがその躱した先には口を広げて待ち構えるバハムートがいた。
「うお」
咄嗟に全身を円球に覆う障壁を出してそれを防ぐ。頭上から得意げな声が聞こえる。
「ふふーん! 余裕こいてるからっすよ!」
「はっ! いい度胸だ!」
障壁を広げる。円の直径を広げて広げて、堪らずにバハムートが障壁ごとルシファーを吐き出した。
「今度はこっちから行くぞ!」
気配の薄れた沙耶のことは気になる。だがなんとなくルシファーには予想がついていた。
ならば目の前の相手に集中するまでだ。
ルシファーが腕を横に振るう。するとルシファーの背後の空間から光の球がいくつか浮かび上がったかと思うと、それが高速で飛ぶ光線へと化した。いくつも向かってくる光線にバハムートは上手く躱し、防いでいく。
“器用なことだ“
その見事な手捌きに感心する。
“いや、あれはあの男によるものか“
ルシファーは光線を放つ合間にも様々な攻撃を放っているが、バハムートはそれをすんでのところでいなしている。
しかしそれを実際に察知し、防ぐ攻撃を見極めているのはバハムートではない。翔だ。
“俺の魔素の気配を読んで実に的確に指示を出してやがる。ったくどんな感度だ。まるでレーダーだな”
翔のそれは、ルシファーからすれば最早人間離れしていた。
確かに攻撃を放つ際には魔素の気配がするものだ。だがそんなものは一瞬だし、ルシファーはその攻撃の早さすら桁違いに早いのだ。それを気配だけで察知する人間がいるとは思いもしなかったのだ。あの巨大なドラゴンの主である、というのも頷ける。
“俺の主様とは大違いだな”
これまでの沙耶を思い出して一人笑みを零す。
魔物の気配どころか息が詰まりそうな程の重圧を放つ天照の気配にすら気付かない。目を離すと簡単に死んでしまいそうな程に鈍感だというのに、これだけ魔素を消費してもまだ余裕がある程度には魔素量が人外じみてきた。
その不釣り合いさが妙に面白い。
「なら俺は俺の主に相応しい戦い方をしないとな!」
そう言い放つとルシファーは飛んできた火炎を避け、バハムートから距離を取った。そして右手に力を込める。
それにいち早く反応したのはやはり翔だった。ルシファーの気配が膨れ上がっている。これまでも息苦しくなる程に濃密な気配がしていたというのに、これはその比ではない。
「う、お……! やっべ、まじで本気っすね!」
冷や汗を一筋垂らしながら、唇の端を舐める翔。すかさずにバハムートに指示を出す。
「バハムート! ありゃ多分躱せねえっす。なら俺たちも全力で迎え撃つっすよ!」
バハムートが嘶いた。胸部が赤く、眩い程に光を放つ。力を溜めているのだ。バハムートの気配も膨れ上がる。
「いいね!」
ルシファーが口の端を吊り上げるようにして笑みを浮かべた。溜めた力が臨界点に達する。
ルシファーが右手を振り上げた。
その時だった。




