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沙耶が続ける。
「そうなるとあまり戦力になれないなって。で、思ったんですが、ここ以外にも召喚された人が集まってる場所があると思うんです。そういったとこへの情報収集なら役に立てるんじゃないかなと。幸いルシファーに空を飛んでもらう分にはそんな魔素がいらないようですし」
「おい、俺はお前の足か」
「翼かな」
「同じだろうが」
咄嗟に反論するルシファーの言を流す沙耶。何も言えないでいる花菜たちの代わりに、考え込むように黙っていた英樹が小さく手を上げた。
「あの、俺もそれがいいと思います。もしルシファーさんが戦えたとしても、食糧問題に安全問題、どれも根本的な解決には至りません。やっぱり全員が隷獣を持つことができるようになるのが一番いいと思うんです。それにもしかしたら他の召喚された人たちはまた何か違う、新しい情報を持っているかもしれない。交通手段もない今、空を飛べるなら情報収集をしてもらったほうが価値がある、と思うんです」
喋りながら段々と声が小さくなっていく英樹。
これは先程までのルシファーの言葉をまとめただけなのとは違う。完全に自分の意見だ。
“あ、どうしよう。俺が自分の隷獣がほしくてそんなこと言ってるって思われたら……。いや、全く無いわけじゃないけど、でもそれがメインじゃなくて、ああ、何かもっと付け加えたほうがいいのかな。自分勝手な事言うなってうざがられるかも……”
組んだ指を忙しなく動かす。視線はあちこち動くのに、英樹は顔を上げられずにいた。
「うーん、そう、だよね! 正直沙耶ちゃんにはいてほしかったんだけど、今後のこと考えるとそっちのがいいかなあ」
「そうですね、そのほうがいいのかもしれません」
花菜が唸りながら首を上下に振る。藤田も口元に手を当てて同意した。
英樹が顔を上げた。
「決まったな。ならさっさと行くぞ」
何か喋りかけた英樹を無視してルシファーが会話を遮った。沙耶が驚いたように振り返る。
「え、ちょっ、もう?」
「あーほらあれだ、善は急げってやつだ」
「いや、急げったって……」
言うが早いか、ルシファーは背中の翼を広げた。ばさっと音を立てて広がるそれに花菜たちが目を見張り、唖然とした。
言動や風貌から異なる世界の住民だということは理解していたつもりだった。しかしそれは所詮つもりでしかなかったのだ。目の前に広がるそれは、圧倒的な説得力をもって、未だどこか実感しきれずにいた三人を衝撃的に理解させた。漆黒の翼を羽ばたかせるこの男は、本当に理外の存在なのだということを。
呆とする三人を横目に、ルシファーはさっさと沙耶の手を引っ張り、そのまま担ぎ上げた。
「飛ぶから暴れんなよ。行くぞ」
「うわー、もう! あのっ、本当にありがとうございました! きっと何かいい情報掴んできますから!」
ルシファーの羽音に負けないように沙耶が声を張る。もう二人は地面から足が離れていた。
「あたしも頑張るよ! 沙耶ちゃんも、またね!」
「どうかお気をつけて!」
頭上へ遠ざかっていく沙耶に向けて花菜と藤田が手を振る。英樹も手を振ろうとしたが、躊躇うように伸ばした手を下ろした。そして黙って頭を下げた。
そこまで見届けると、もう三人の姿は見えなくなってしまった。
ずいぶんと上空まで来たところで、やっとルシファーが止まった。沙耶が不服そうな声を出す。
「ちょっと、流石に強引すぎだったんじゃない」
ルシファーが鼻で笑う。
「はっ。あのままいたら今度は話を聞いた残りの連中に「本当なのか」だとか「他に知らないのか」だとか言われかねなかっただろうが、面倒臭え」
「まあ、言われてみればそうかもだけど……。つったって、いきなり飛び上がってどこ行こうとしてたのさ」
「んなもん考えてるわけねえだろ。そこは主であるお前が考えることだろ」
「むーん!」
沙耶はルシファーの首に回した腕に力を入れた。やはりまだ担がれて空にいるのは慣れない。ルシファーにシートベルトでもつけておければいいのに、と呟きながら回した左と右の手をしっかりと解けないように組んだ。
彼方を見渡す。広がる鮮緑の原。北には深い山が、南には海原が見える。だがどこを見ても建物どころか道もない。眼下には小さくなったショッピングセンターが蹲っていた。
「他にもさ、あのショッピングセンターみたいなとこってあるのかな。あんな感じで大きな建物ごと召喚された場所があるならそこに人が集まってると思うんだよ。……大学、行ってみようかな」
「あ? お前、大学生だったのか?」
「どういう意味さ、それ。そうです、大学生なんです」
「ふーん」
“ふーんって何”
気のない返事をするルシファー。沙耶の今の体勢ではルシファーの顔が見えないため感情が読めない。憐れまれているのか呆れているのか、どちらにせよ尊敬といった類の、良い感情ではなさそうだ。
だがそんなことは今に始まったことではない。
「よし、じゃあ大学行ってみよう! もしかしたら途中に他の大きな建物も見つかるかもしれないし。ルシファー、たぶんあっち方面!」
「あっちってお前、大雑把だな。ほんとに合ってんのか」
「んなもんわかるわけないでしょー、目印も何もないんだから。でも海が見えてるからそれに沿って東に向かってけば多分あると思うんだよ」
「結局曖昧なままじゃねえか」
軽口を叩きながら空を駆けていく。雄大な世界は言葉なくただそこにあるだけだ。
二人の声はこの渺渺たる世界に消えていった。




