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「まー俺たちの拠点の話はこれくらいにして、お互いの話しましょっか。あ、俺は翔っす。で、こっちが純太で、どっちも高三っす。今もまだぎり高三ってことになるんすかね? いやまじ、俺たち受験どうすんだろって思いながら日々生きてまっす! あ、そんで一応俺がここのリーダーってことになってるっす」
流暢に喋る翔に、沙耶は言葉を挟む暇もない。ルシファーは部屋の外を眺めて最早聞いてもいない。
だが翔は気にすることなくそのまま自分たちの話を続ける。
曰く、ここには自分の友人たちが多いこと、最初はリーダーなど柄でもないから断っていたが、一番の稼ぎ頭だからと押し付けられたのだということ、最近は魔物を使った食べ物にはまっていることなどだ。
一気にそこまで喋り切ると、何かを期待するように沙耶へと目を向けた。反応が欲しい、ということなのだろう。翔の話を聞いている最中に様々な言葉が頭に浮かんだが、いざ口に出そうとすると詰まってしまう。沙耶は少し逡巡して口を開いた。
「えっと……楽しそうで何より、です」
「でっしょー!」
沙耶の言葉に満足したようだ。翔も純太も嬉しそうに笑った。そのまま二人で盛り上がり始めたが、不意に翔が沙耶へと向き直った。
「で、で! えっと、沙耶ちゃん、だっけ? 沙耶ちゃんの話も聞かせて欲しいっす。それに、そっちのルシファーの兄さんの話も!」
翔がルシファーへと片目を瞑った。ルシファーは一瞥もくれない。
「え、えーっと……話すと長くなるんだけど……」
沙耶はかいつまんでこれまでの出来事を説明した。
ここまでどうやって来たのかということ、ルシファーのこと、ユキのこと、そしてこの世界の成り立ちのこと。ただし竜巳やミカエル、天照のことは伏せ、世界についての情報は全てルシファーから得たことにして話をした。そして西へと向かう理由は興味からだと説明した。
少し厳しい説明だったかと危ぶんだがあまりの新事実に驚愕し、言葉を失っていたからか何も言及されることはなかった。
純太は依然として頭を混乱させているが、翔は適宜質問を交えながら沙耶の話についてきていた。頭の回転が速いのだろう。または順応性が高いのかもしれない。思うことはあるだろうに、先ずはそれらを受け止めると頭を切り替えたのだと思われた。
そうして長く続いた沙耶の話が終わる頃には、純太は完全に頭を抱えて机に突っ伏し、翔は頭の中を整理するように黙して何か考え込んでいた。そして翔が口を開いた。
「まあ、話は大体理解したっす。……というかそれよりも」
「……それよりも?」
首を傾げる沙耶に、翔が立ち上がって身を乗り出した。
「沙耶ちゃん、年上だったんすね! なんだーなら敬語なんて使わないでくださいよ! そんな畏まらないでほしいっす!」
言い募る翔に、沙耶が目を丸くする。
「え? ええ? いやでも、その翔さんも敬語……」
「俺のはいいんすよ! もうこれは口癖みたいなもんで、誰にでもこうなんで。っていうか、「さん」もなし!」
「はあ。えっと、じゃあ……翔くんで」
「うっす!」
戸惑いながらもそう呼び掛ける沙耶に、翔は嬉しそうに敬礼の身振りをしてみせた。
「あとあと、これどこまで他の人に話していいすか? 知りたいって思う奴多そうな情報多くて」
「えっと、この世界の基本情報みたいのは話してもいいよ。でもその出所みたいのとかルシファーについては出さないでほしいかな。私たちも誰かから聞いた、みたいな言い方してもらえると助かるよ」
「了解っす!」
小気味いい翔の反応に沙耶は安堵した。話しておいて今更だが、あまり自分たちの素性が広まるのは良くはない。だがきっとこの二人なら無闇矢鱈に広めたりはしないだろう。
「んじゃま、色々とわかったところで……沙耶ちゃん!」
翔が机に両手をつき、沙耶を見つめ、そして不敵な笑みを浮かべた。
「俺の隷獣と沙耶ちゃんのルシファー、戦ってみないっすか?」
「え?」
「あ?」
「ちょ、翔! お前何言ってんの!?」
三者三様の反応を見せる中、純太が翔にしがみついた。
「俺まだ全然理解が追いついてないんだけど!」
「え、まだそんなこと言ってんすか? なんとなくわかってればいいんすよ。あ、ルシファーの正体がばれないように俺たち拠点から離れたとこでやろうと思ってるんで、その間に皆への説明よろしくっす!」
「いやだからちょっとー! なんとなくじゃ絶対答えきれなくなるやつじゃん! それにお前離れたらやべえの来た時どうすんのさ!」
「ちょっとくらい大丈夫っすよ」
悲鳴を上げる純太に翔の態度はにべもない。そして翔は純太へと振り返ることなく、ルシファーに期待の籠もった眼差しを向けた。
「最近はこの辺りの魔物をいくら倒しても歯応えがなくってちょっと退屈してたんすよ。でもでもその遠くからでもわかるちょーやべー魔素の気配! 絶対強いっすよね!」
「ほう。俺の気配がわかるか」
きらぎらと瞳を輝かせて気炎を吐く翔に対し、ルシファーも愉快そうに口角を上げた。互いに挑戦的な目つきで顔を見合わせる。
「俺、一度強え相手と戦ってみたかったんすよ! ね、どっすか?」
「ふん、いい度胸だ。確かにお前の魔素量はどうして中々のようだ。どうだ、沙耶も興味あるだろ」
「全然」
ルシファーと翔とが顔を見合わせたまま動きを止めた。ルシファーがそのまま言葉を続ける。
「ちったあ歯応えのある相手と戦って今の実力を見てみたいだろ」
「だから全然」
とりつく島もない淡々とした沙耶の言葉に、ルシファーがおもむろに振り返った。ルシファーと目の合った沙耶が続ける。
「特に興味はないよ。実力の向上とやらは「最近疲れにくくなったなー」って何となくわかるし」
「いやいや、全力の戦闘経験だってほしいだろ! 今まで俺は全力で戦ったことはないんだぞ! 珍しくやりがいのありそうな相手がいて、その上ここんところお前の魔素の扱いが良くなって更に魔素量も増えてんだ。試してみたいだろ!」
どこか必死さを感じる程に言い募るルシファーに対して沙耶の表情は芳しくない。億劫そうにルシファーの言葉を受け止めるも、嫌々そうに目を逸らした。
「ルウがどうしてもやりたいってんなら……まあ、付き合ったげるよ」
「お、お前な……」
ルシファーが主とのあまりの温度差にがくりと肩を落とした。どうやら沙耶は未知のものへの興味は強いようだが、それが戦闘という分野になると興味が失せるらしい。
だが承諾は取り付けたのだ。下手に言葉を挟んで答えを覆されるわけにはいかない。ルシファーは沙耶の気が変わらぬ内にと、早々に翔との手合わせを始めることにした。




