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そうして純太に連れられて拠点内を歩いていると次々に他の人々とすれ違った。皆見慣れぬ顔の沙耶とルシファーに興味津々のようで、すれ違う度について来るので、ずらずらと大名行列のような状態になってしまった。
沙耶はそのついてきた人たちからひっきりなしに飛び交う質問に一つずつ答えていきながら、その顔ぶれを見渡す。
どうやらこの拠点には若者しかいないようだ。下は小学生くらいの子供までいるが、上はおそらくいても二十代後半くらいまでで、それ以上年嵩の者の姿が見えない。ただ皆元気旺盛で、明るい顔をした者ばかりだ。若干不良じみた様子の者たちもいるようだが、その彼らの顔つきも明るいものだ。
皆ウケから交換したであろう服を着ており、中には唯物界の日本ではまず見ないような個性的な服を着て洒落込んでいる者も多かった。
それだけただ生活していくこと以外にも回せる余剰な魔結晶があるということだろう。その為か拠点全体が活気に溢れている感じがした。
そうこうしている内に目的の部屋についたようだ。あちこち登ったり下ったりして、最早今ここが拠点のどの辺りかもわからないが、一本の細長い通路の先にこの部屋だけがあった。
扉を開けるとそこは広々とした円形の部屋で、見上げればフレスコ画のような質感で描かれた青空や天使の天井画があり、床には淡い若葉色の絨毯が敷かれ、部屋の奥には大きな天蓋付きのベッドが鎮座していた。
「……何だろう。何か……この部屋」
「おい、本当にこの部屋で寝るのか」
部屋に入るなり固まる沙耶に、ルシファーが耳打ちする。
ついてきた野次馬たちをやっと追い返すことが出来た純太が続けて部屋に入ってきて、期待に胸膨らむような表情で沙耶たちへと振り返った。
「ど、どう!? このお姫様ルームは!」
「おっ……!」
沙耶は絶句した。
この部屋に入った時に感じた既視感。勿論実物など見たことなどないのだが、この部屋は創作物で時折見かけるお姫様や深窓の令嬢が住むような、そんな部屋を想起させるのだ。
そして沙耶にここへ泊まれと言う。
沙耶はなるべく失礼にはならぬよう、言葉を慎重に選んで尋ねる。
「あ、えーっと、その、この部屋すっごく広いし、あの……ベッド、もとても良いものに見えるんですけど、拠点の人たちをおいて余所者の私なんかにここ使わせちゃっていいんですか?」
「もっちろん! いやー、つーかさ、この部屋。テンション上がって作ったはいいんだけど、普段使いしようと思うとすんげー不便だったんだよね。でもぶっ壊すのももったないし、どーしよって悩んでたから、使ってくれると嬉しいんよ!」
沙耶は両目を閉じ、すーっと息を吐いた。
「あ……ありがたく使わせていただきます」
諦めたように沙耶が部屋の中へ入っていく。純太が満面の笑みを浮かべた。
「うっしゃ! んじゃー、ルウ……さんだっけ? そっちのにーちゃんはこっちの部屋で――」
「あ? 何言ってる。俺が別の部屋に行くわけないだろ」
さも当然のように純太の言葉を遮り、部屋の中へと入っていくルシファー。
「え? いやだって女の子と同じ部屋は……あっ! もしかしてお二人ってそういう? そういう!」
一瞬困惑の表情を浮かべた純太だったが、何かに気が付くと手のひらを口元に当ててにやにやと笑みを浮かべた。
「おい、何を言って――」
「ちょっと、ちょっと、ちょっと!」
ルシファーが純太の言葉に口を挟もうとした時だった。
足音を響かせて一人の少年が慌てて部屋へと駆け込んできた。
騒々しいその登場に、沙耶もルシファーも部屋の入口へと目を向けた。
「何を……何を連れ込みやがったんすか!」
部屋に入ってきた少年は純太と同じ位の歳に見えた。男性にしては少し長い赤茶色の髪で、横髪を耳に掛けている。すらりとした長身だが、圭吾と同じくらいだろうか。困惑と焦りで苦々しげな表情をしているが、それでも端正な顔立ちをしているのだと分かる。服も白を基調とした、丈の長い騎士のようなサーコートを纏っていてよく似合っていた。
少年は入るなり部屋の中を見渡すと、つとその視線をルシファーの前で止め、そしてぎょっとしたように目を見開いた。
「うわ、うわわ……! ちょっと純太、本当になんてもん連れ込んじゃってるんすか! 化け物じゃん!」
「え? ええ?」
「……!」
少年の反応に純太が大きく狼狽したが、沙耶も内心で密かに驚いていた。
少年の反応は明白にルシファーに向けたもの。そしてあの言葉を聞くに、彼はルシファーを人間以外の何かと一目で見抜いたということではないか。
「何、どういうこと? このルウさんが何だってんだよ」
「お前、何でわっかんねーかな! あれ明らかに――」
「餓鬼」
ルシファーの声が低く響く。
少年と純太がびくりと身体を強張らせた。
「俺を化け物だと……人間ではないと判断したのなら、それ相応の態度を見せたほうが身の為だとは思わなかったのか」
「っ!」
底冷えするようなルシファーの声に、純太は居竦み、少年は咄嗟に動けるよう身構えるもその表情は恐怖で固まっている。
「お望みなら――」




