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「ありがと、ひでっち」
「……えっ」
そう英樹の耳元で花菜が囁いた。花菜はもう一度笑顔を英樹に向けると沙耶たちのほうへ向き直った。
「沙耶ちゃんも、藤田さんもごめんね。なんか一人でわーわー言っちゃって恥ずかしいっす!」
「いやいや! 恥ずかしいだなんて、そんなことないですよ」
「ええ、三浦さんもたまには弱音を吐いていただいていいんですよ」
慌てて手を振る沙耶に、穏やかな表情で頷く藤田。花菜は小さな声で続けた。
「ママに会えないのはやっぱ辛いよ。でもさ、またママに会えた時に、こんな不思議な、面白いことがあったんだって話して、会えなかった間の辛いこと全部笑い話にできたら、きっとママも辛かったことを忘れられると思うんだよ。だからあたしは自分なりに楽しくやってみようかなって」
照れくさそうに笑う花菜の声は明るかった。その声に、表情に沙耶は胸にこみ上げるものを感じた。
花菜は沙耶よりも年下だ。交わした言葉だって少ない。だが沙耶は花菜のことを心から尊敬した。きっとまだ本心では無理をしているのだろう。だが彼女は自分自身を立ち上がらせた。そして前を進もうとしている。なんて強い人だと思った。
「私も自分にできることを精一杯頑張らなきゃ……!」
沙耶が気合を入れるように一人呟いた。それを横で聞いていた藤田が微笑む。
「ふふふ、そうですね。でも無理のし過ぎは前に進むのではなく、袋小路に進むだけになってしまいますからね。程々に」
「……?」
沙耶は首を傾げた。
「とりあえず、これからどうする? わかったこと皆に話す?」
花菜が全員を見渡して言った。
「そうですね……おそらくかなり動揺させることになってしまうでしょう。でもこれは皆さんが知りたがっていたことですし。ここは袴田くんにお願いしましょうか」
「……ええっ、俺ですか!?」
「だね! ひでっちが聞いてまとめたんだし、一番上手く話せるよ。あたしも傍にいるから、一緒に頑張ろ!」
花菜が英樹の手を取った。英樹は顔を赤くして頷くことしかできなかった。
「にしても、隷属契約の方法がわからなかったのは少し痛いですね」
「藤田さん?」
眉根を寄せる藤田を、花菜が不思議そうに見上げた。英樹が俯く。
「元の世界への帰り方がわからなかったのは正直想定内だったのですが、隷属契約の方法は期待していましたので少し残念でした。……今あの建物には三十人以上が暮らしています。ですがその中で隷獣持ちは私を含め四人だけ。その内二人はいつも入り口を守っていますので実質二人です。一人ひとりへの食料配給を制限していますが、これがずっとは流石に持たない。それに安全面からしてもやはり皆が隷属契約できたほうがいいと思うのです」
「確かにあたしも頑張ってはいるけど、さっきの話を聞くに、魔素、とやらの限界が来て戦えなくなっちゃうんだよね。あ、でもこれからは沙耶ちゃんがいてくれるし! ルシファーくんちょー強そーだから魔結晶じゃんじゃん稼げるんじゃない?」
「え、いやー、そういうわけでもないんだけど……」
言葉を濁す沙耶。あれだけの大言を吐くのだ、おそらくルシファーは強いのだろう。だが沙耶がそれを発揮できない。沙耶の魔素量ではルシファーを十全に戦わせることなどできない。それどころか小さな攻撃ですらろくに出せもしないのだ。
何より、沙耶には先程からずっと思っていたことがあった。
「あの、私、違うところに行ってみようと思ってるんです」
「ええっ、何で沙耶ちゃん!? ここにいようよ!」
驚く花菜が声を上げた。藤田と英樹も予想外だったようで、目を丸くさせた。
「実は私の魔素量が少なくって、ルシファーは殆ど戦えないんです。ちょっと炎出しただけで私が先に倒れちゃうくらいで……」
心苦しそうに弁明する沙耶。ルシファーは何も言わない。
実際はルシファーを出し続けていることでかなりの魔素を消耗しているため、必要時だけ出すようにすれば魔素量に余裕ができて今以上に戦闘させることは出来るようになるのだが、ルシファーはそれに言及しない。




