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となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第十五章:受け入れ難きもの
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その時、浩一がぽんと沙耶の頭に手を置いた。沙耶が顔を上げる。


「そう思い詰めんなさんな。奴らの事情はわかってるが、かく言う俺も沙耶ちゃん派さ」


浩一が勢いよく立ち上がり、身体を伸ばした。


「俺もあっちに嫁さんと息子を残してきてる。そりゃあ心配さ。とはいえ、まあ、大丈夫だ。なんなら俺より嫁さんのが稼いでたし、今頃うるせぇ亭主がいなくなって清々してるかもしれん」


呵々と笑う浩一。


広場から激しく檄を飛ばす声が聞こえる。軍部に所属している者たちだろう。統率され、きびきびと動く彼らは真剣そのものだ。

それとは対照的に浩一は肩肘張ることなく、のびのびとしたものだ。


「それに俺ぁこの世界が割と気に入ってんのさ。だってよ、わくわくすんだろ。俺ぁでっけぇ鳥に乗って空を飛び回るなんざ、ガキの夢だと思ってたぜ。こうしてこんな服だって着られるしな」


振り返り、両手を広げて全身を沙耶に見せつける。振り向きざまに金色の飾りがきらきらと音を立てて光る。

浩一によく似合っていた。


「あっちの世界でだって人は苦しむし死にもする。それも突然に、理不尽に、だ。だが、だからといって生きてんのは無意味か? 人生を楽しむことは不謹慎か? まあ、とは言え、俺がそんなこと言ってられんのは、てめぇの大事なもんを失くしてないからだってのはわかっちゃいるが。……それでもよ! 葬式みたいな暗い顔しても、阿呆みてぇに笑っても、この場所で生きてることにゃ変わりねぇんだ。なら楽しまにゃ損だろ! 俺ぁ精々この世界を謳歌して必死に生きるだけよ!」


そう高らかに宣言し、浩一は歌舞伎役者よろしく青空を背に見栄を切る。広場にいた軍部の者たちは「何事か」と一瞬視線を向けるも、直ぐに自分たちの修練に戻った。彼らの耳には届かなかったのかもしれない。

だが沙耶の耳にはしっかと浩一の言葉が届いていた。


「……ですね」


歪んだ顔を取り繕って笑顔を作る。沙耶の内心は未だ、巨大な鉛に押し潰されているかのようだったが、浩一がそれを僅かでも押し上げてくれたようだった。


結局沙耶はこのままこの拠点を去ることにした。出立の手続きとして許可証を返すだけなので問題ない、と浩一が提言してくれたのだ。

沙耶は素直にそれに従うことにした。


広場の隅でユキを呼び出し、渋るルシファーを無理矢理その背に乗せていると、遠くから優香が走ってきた。近くに亜沙子の姿は見えない。一人で抜け出してきたようだ。


「優香ちゃん。どうしたの?」

「あっ、あの……!」


走ってきたからか優香は息切れをして言葉が続かない。沙耶は優香の肩に手を置いた。


「ゆっくりでいいよ。何かあった?」


何度も深く息を吸い込み、なんとか息を整えた優香が前のめりになりながら沙耶に詰め寄った。


「あのっ! 私……私も隷獣が欲しいんです!」


目を丸くする沙耶に、優香は必死に言葉を紡ぐ。


「お姉ちゃんは私がそう言うと「駄目だ」って怖い顔します。でも私、また空を飛びたいです! 沙耶さんみたいに……色んな所に行ってみたいんです! ……どうすればいいんでしょうか」


優香はそう話す最中も誰かの顔色伺うように、きょろきょろと周囲を見回して所在なさげだ。きっとその願いは亜沙子には言えないと思ったのだろう。だからこうして一人こっそりと、通りすがりの余所者である沙耶のような人物に頼らざるをえなかったのだ。


沙耶はぐっとこみ上げるものを感じていた。これまで怖いことにもあってきただろうに、この少女はこの世界への憧れを抱き続けているのだ。


神宮寺や亜沙子のようにこの世界を嫌う者もいる。だが浩一や優香のように憧れを絶やさない者だっているのだ。

沙耶にはそれが嬉しかった。


だが、これから旅立つ自分では優香を助けてあげられない。


「気合あんじゃねーか! いいぜ、そういうことなら俺が面倒見てやる!」


傍で聞いていた浩一が腰に両手を当てて、笑みを浮かべていた。


「つっても元々ここにゃ、優香ちゃんみてえな隷獣を持ちたい奴の為の仕組みがあんだよ。ただ、万全のサポートがつくってだけで結局はやるこた同じ、要は魔物の前に突き出すってことだ。それでも持ちたいって覚悟があるんなら俺がその手配をしてやる」

「覚悟……。あ、あります! それでも私、やります!」

「おう! 任せとけ!」


浩一が優香の背を叩いた。勢いがよかった為か、優香は少しよろけたがその顔には笑みが浮かんでいた。


「話は済んだか」


気怠そうにユキの上からルシファーが声を掛けた。早く人目のつかないところまで飛んでユキから降りたいのだろう。沙耶はユキの近くに駆け戻った。


「ああ、うん。……えっと、それじゃあ」

「おう」

「ありがとうございました」


浩一が片手を挙げ、優香が頭を下げる。沙耶も二人に小さく会釈を返し、ユキに駆け出すよう指示を出す。

ユキは「待ってました」と言わんばかりに地を数歩蹴り、あっという間に宙に駆け上がった。ぐんぐんと拠点が離れていく。


浩一たちから離れた場所にこちらを見上げる人影が見えた。亜沙子たちかもしれない。沙耶は視界を前方に移した。


「沙耶」


ルシファーが沙耶の肩に手を置いていた。


「……言っとくが、俺だってあんな辛気臭い顔の主なんぞ御免だからな」


瞬き、振り返ると既にルシファーはユキから飛び立って自分の翼で飛翔していた。縮こまっていた全身を伸ばすように、大きく翼を広げている。よっぽど窮屈だったのだろう。

沙耶は小さく微笑んだ。


最後にもう一度拠点へと振り返る。だいぶ離れた筈だがまだまだ全景が見える。本当に大きな拠点だ。大きさだけでなく内部も非常に発展し、今ここ地界で一番発展している拠点ではないかとすら思える。


それでも。


それでも沙耶は再びここに来たいとはあまり思えなかった。

色んな境遇の人がいると知れた。色んな思いがあることも知った。その感情がまだ処理しきれない。


沙耶は睨むように、ただ前方を見据えていた。


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