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となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第十四章:生まれ変わった古都
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仮宿は商業区の隅に建つ、二階建てのこぢんまりとした建物だった。宿とはいいつつも、ロビーでチェックインしたり、食堂で食事が出来たりするわけではなく、ただ一時的に寝るための場所を提供するという程度の機能に留まっていた。

建物に入って直ぐの場所は少し広い部屋となっており、そこの壁に掛けられた部屋番号付きの鍵を自分でとって、その部屋に泊まる、という仕組みらしい。鍵掛けの数を見るに部屋の数も部屋の大きさも色々と沢山あるようだが、今夜は亜沙子たちが元々所属していた拠点の人たちもここを利用しているようで、二階と一階に一部屋ずつ、二人部屋しか残っていなかった。


「じゃあ私たちは二階の部屋にいるから、何かあったら遠慮せずおいで」

「は、はい」


不安そうに沙耶を見上げる亜沙子たちに鍵に付いた部屋番号を見せて、部屋へと向かった。

見知らぬ場所での宿泊だ、亜沙子たちは沙耶たちと同室がよかったようだが、四人以上入れる部屋はもう空いていなかったし、これ以上ルシファーに気を張らせ続けるのも憚られた。現に部屋に入るなりルシファーは、置かれていた二段ベッドの一段目にどさりと腰掛け、大きく息をついていた。


部屋は二段ベッドと小さな机、そして椅子が一脚あるだけのかなり小さな部屋で、トイレやシャワー室などは階ごとに共有のものがあり、それを使用するらしい。キッチンや風呂はなく、それは商業区にある専用の店を使うように、ということなのだろう。

部屋には大きめのランプがひとつ壁に設置されており、ランプの下に小さな投入口がある。どうやらそこに魔結晶を入れることで照明を点けられるようになっているようだ。照明代は各自の負担ということらしい。

亜沙子たちは大丈夫だったろうか。


沙耶は部屋に入ると、ランプの投入口に魔結晶を一つ放り込んだ。すると少し間をあけてから部屋の中がぼんやりと明るくなった。部屋の中に照明はこれしかない。このランプひとつでは部屋の隅々まで照らすことは出来ないようだが、どこか温かみのある光だった。


沙耶は部屋の鍵を机の上に置いて荷物を近くに放り、ルシファーの隣に腰掛けた。ベッドがきしりと音を立てる。だが強度に問題はないようだ。


「っはあー、何か色々と疲れたね」

「……全くだ」


呟くルシファーの言葉に覇気がない。魔物といくら大立ち回りして戦っても息も切らさないルシファーだが、そんな戦闘をするよりも余程疲れているようだ。脱力して項垂れている。

そう考えると本当によくここまで付き合ってくれたものだ。出会ったばかりの頃からすると考えられない変化に、沙耶は思わず嬉しくなり、立膝でベッドの上に乗ってルシファーの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「うおー、お疲れ様! 頑張った頑張った!」

「……」

「おっと! ……ってあれ?」


すかさず手を振り払われるかと身構えたが、ルシファーにその素振りはなく、大人しく沙耶に頭を撫でられている。冗談めかしてじゃれついたつもりだったが、反応も出来ない程に疲れ切っているかもしれない。

沙耶は慌てて手を離した。するとルシファーが微かに顔を上げた。


「ご、ごめん。ウザかった――うわっ!」


口ごもる沙耶の腕をルシファーが引っ張り、自分の膝の間に座らせてしまった。


「ちょ、何。どうし……いや、本当にどうした?」


そしてルシファーは座り込んだ沙耶の背に顔を埋めた。突然の出来事に戸惑う沙耶を他所に、ルシファーはそのまま動かない。


“な、何だ、これは。こんなパターンは初めてだぞ。それに何か……はっ! 吸ってる? もしや猫吸い的な? とはいえ私なんか吸っても……あ、魔素か?”


妙な納得をして沙耶が妙な状況に妥協する。そして座って正面を向いたまま、顔の見えないルシファーに声を掛けた。


「ルウ。魔素だね、魔素吸ってんでしょ」

「……あ?」

「ふふん。ならば見せてあげよう、私の特訓の成果を!」


そう得意気に言うと、だらりと垂れていたルシファーの腕を自分の身体の前に引き寄せて、その手を握った。そして目を丸くするルシファーを他所に、意識を集中させて手に力を込める。ルシファーが何かに気付いて小さく感嘆の声を漏らした。


「……ほう」

「ぷあっ! どうよ!」


満足げなやりきったような声で沙耶が首を倒してルシファーに振り返る。


「まあまあ上手く魔素を流せるようになったんじゃねえか」

「まあまあー?」

「上手くなったってんなら、ほら次はさっきより少なく流してみろ」

「むむ! ……どう?」

「ふむ。よし、じゃあ更に弱く。で、次は最大限流してみろ」

「むー!」


急に難易度があがった課題に沙耶が四苦八苦して唸る声に、ルシファーの笑い声も混じる。

ルシファーは知らず知らずの内に己の顔色も気分も良くなっていたことに気付いてはいないようだ。懸命に手を握ってくる沙耶を腕の中に収めて、ルシファーは楽しげにそれを眺めていた。


「次はこんなもんで……って、はっ! これ以上は駄目だよ! これ以上やると良くないと私の勘が囁いている!」

「お、ちゃんとわかるようになってるじゃねぇか」

「そうだとも。これぐらいなら、ちょうど良い……疲労感……」

「……沙耶?」


ルシファーの身体にもたれる沙耶の重みが増した。ルシファーが沙耶の顔を覗き込むと、すやすやと寝息を立てていた。


「散々遊んで即寝るとか、幼児か」


そう一人憎まれ口を叩きながらも、その表情は緩んでいる。


ルシファーは沙耶をベッドに寝かせると、自分もその隣に横になった。そして指先をランプに向け、小さく振ると証明がゆっくりと暗くなっていった。

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