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「あー、もしかして亜沙子ちゃん、魔物を食べるってのは、その、気分的に駄目だった?」
「あ、えっと。その……」
なるべく「忌避感があることを責めているのではない」と非難がましくならないよう、言葉を選んで尋ねる沙耶に、亜沙子は答えを返すことが出来ない。
つまり、そういうことなのだ。
「そっか。いや、そういう人もいるしね。無理強いはしないから大丈夫だよ。そういう人は他の場所でもいたし」
「っはー! ま、そんな奴もいるたぁ話に聞いてたが、となるとウケどもが寄越すあのクソまずい飯しか食えないってことだろ。だったら多少元があれでも、美味いもんを食いたくならねぇのかい? それに魔物つったって、要は人間襲ってくるってだけの動物みてぇなもんだろ。見た目ってんなら元の世界の海老や蛸なんかもよく考えりゃ十分グロいだろ」
食事の手を止めない浩一は何とも不思議そうだ。沙耶が慌てて話に割り込む。
「まあまあ。無理に食べても身体に良くないでしょうし。……あ、でも」
気まずそうに言葉を詰まらせた沙耶に、亜沙子がびくびくと見つめる。やはり沙耶からも非難されてしまうと思ったのかもしれない。
「今日のお昼に私が渡したご飯、あれも魔物使ってるご飯なんだよ」
「えっ……!? う、そ」
返された思いがけない答えに亜沙子が絶句する。
沙耶もあの時はそういう人もいるのだということにまで思い至らなかった。「しまった」と思いつつも、もう食べさせてしまった後なのだからしょうがないと、沙耶は説明を続けた。
「味がする、美味しいご飯っていうのは、要はその食材に魔素が含まれてるかどうかなんだって。この世界に自生してる植物なんかは多少魔素を含んでるから味がするみたいなんだけど、圧倒的に魔物のほうが食材として得やすい。それに頑張って植物を集めてもそれだけを食べていくっていうのはちょっと栄養的にも厳しいよね。かといってウケから交換できる料理とか食材ってどうやら人間の生命維持に必要な栄養素は含まれているようだけど、魔素は含んでないみたいなんだよ。だからウケのご飯を食べ続ければ生きてはいけるみたいなんだけど、あれを食べ続けられるかっていうと……しんどいんじゃないかな」
沙耶は天照から聞いた話を思い出しながら、なるべくわかりやすくなるよう噛み砕いて伝える。浩一は初めて聞く話だったのだろう、感心したようにしきりに「ほー」とか「へー」などと呑気に相槌を入れていたが、亜沙子は真剣に悲壮な表情で沙耶の話を聞いていた。沙耶の話を理解出来ていないのではなく、理解出来ているからこそ決断を迫られているのだろう。
優香が心配そうに姉を覗き見た。
「わかり……ました。もう、魔物だとか、そんなこと言ってられないのですね。それに、あの……沙耶さんからもらったご飯……とっても美味しかったから」
亜沙子はそう言ってぎこちない笑顔を浮かべ、箸を手にした。恐る恐る肉の一欠片を摘み上げ、じっとそれを見つめたと思うと、一気に口にそれを口の中へ放り込んだ。噛み締めるように咀嚼を繰り返すと、次第に亜沙子の表情が戻ってきた。
優香の顔が晴れる。浩一も満足そうに頷いた。
意を決したように食事を再開しだした亜沙子に、沙耶も胸を撫で下ろしたのだった。
運ばれてきた出来立ての食事はどれも舌を巻く程美味しかった。
ここ数日で出来たとは思えない店構えからそんな気はしていたが、浩一に聞くと、ここの店主は唯物界で小料理屋をやっていたらしい。この店主も千幸同様この世界の食事に絶望を抱きながら、数日前まではウケから交換した食事を皿に移し替えて提供するだけの料理屋に甘んじていたらしい。
だが先日の情報提供により、料理人の面目躍如と言わんばかりに、寝る間も惜しんでこれらの料理を開発したとのことだった。それを周囲で見ていた人曰く、ここ数日はまるで別人のように活き活きしていたのだという。
沙耶はその顔も知らぬ料理人に感謝しつつ、思う存分舌鼓を打ったのだった。
卓上の料理がまだ半分程残った状態で、沙耶が一息ついて箸を置いた。
「なんだ、沙耶ちゃん。もういいのか?」
「はい。凄く美味しかったです」
「腹が膨れたんならいいが、そっちの兄ちゃんはちゃんと食ったか? 箸すら持ってねえんじゃねえか」
予想通りの浩一の質問を受けて、沙耶がうまく誤魔化すよう訴えかけるようにルシファーを見つめた。ルシファーは沙耶の視線をちらりと受け止めると、肩を竦めた。
「……腹が減っていない。俺のことは気にしなくていい」
素っ気ないルシファーの言葉に、慌てて沙耶が続ける。
「私も色々持ってますし、後でお腹が空いたらそれもあるので!」
「そうか? ま、無理強いはしねえがよ」
浩一は不思議そうにするだけで、それ以上聞いてくることはなかった。
食べられるようになったとはいえ、亜沙子はそれでもあまり箸が進まなかったらしい。知ってしまったからにはどうしても意識はしてしまうのだろう。
残りの料理を浩一と優香の殆ど二人で平らげ、ひとまず解散という運びとなった。
今夜は仮宿という、この拠点に来てまだ班分けがされる前の人々が利用する宿を紹介してもらい、そこに泊まることとなった。浩一は仮宿の前まで案内して、「また明日」と言って去っていった。




