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「座にいるウケたちですが、彼女たちは魔結晶と引き換えに俺たち人間の生存に必要な物資を交換します。ということは彼女たちが俺たち人間と、人間に魔結晶を集めさせようとこの事態を引き起こした者たちの仲介を請け負っていると思われます。実際彼女たちは「人類種の生存維持を承った」と誰かから指示を受けているととれる発言をしています」
「やはり彼女たちは人間じゃありませんでしたか……。そしてその犯人でもない。彼女たちもただ上からの指示を受け動いているだけなのですね。それは……あまり強く彼女たちに詰め寄れませんね」
何か思うところがあるのだろう。遠い目をした藤田が、自分と重ねるようにしてウケたちに共感するような同情の眼差しをしていた。
「というわけでここまでわかったことをまとめると、元の世界に戻る手立ては現状ではまだなく、ひとまず生きていくためにも隷属契約、ひいては隷獣を使いこなし、魔結晶を得ていくことが必要になるのでは、と思います」
話し終えた英樹は、ひと仕事を終えたように息を吐いた。
「ええ、お疲れ様でした。とてもわかりやすかったですよ」
藤田はうんうんと何度も頷く。英樹は安堵したように息をついた。
“全然ラノベや漫画とは違ったけど、意外と参考になるんだな。何だかんだ色々と読んでて良かった”
くしゃりと苦笑する。だが今の英樹にあまり苦々しさはなかった。
「つーか結論のとこ、最初に俺が沙耶に言ってたことじゃねえか。余計な時間取らせやがって」
「余計じゃない! 結論だけ先に言われたって何が何だかわかんないんだよ! こんだけの事情を差っ引いて結論だけって、やっぱりルシファー説明向いてない!」
「ああ!? こんだけ長々と話させといてなんだそりゃ!」
とうとうずっと抑えていたことを言ってしまった沙耶。案の定ルシファーは怒ったが、沙耶とて引かない。言い合いをし出した二人を、あわあわとどうしたものかと逡巡する藤田。
英樹はその喧騒の最中、そっと視線を花菜に向けた。普段賑やかで、英樹からすれば苦手意識を持ってしまうほどに前向きで明るい彼女は、ここに至るまで一言も発していない。声を掛けようかずっと迷い続けていたが、喧しい沙耶とルシファーの声に押されるように、花菜に近付いた。
心配するように手を伸ばした時、それを払いのけるように花菜が呟いた。
「そんなことわかって何が嬉しいの! 結局帰る方法はわかんないじゃん!」
英樹は伸ばしかけていた手をびくりと引っ込めた。沙耶たちも言い合いをやめ、花菜のほうへ振り返った。膝を抱え込むように座り込んでいた花菜は顔を埋めたまま、震える声で話し出した。
「……あたし母子家庭なんだけど、ママとめっちゃ仲いいんだよ。一緒にご飯作ったり、買い物行ったり、旅行したり。ママも楽しそうだった。なのに突然あたしがいなくなっちゃって。ママが一人であたしのことをどんだけ心配してんのかって、どんな気持ちであたしのことずっと待ち続けてるんだって考えるだけで……胸が張り裂けそうになるんだよ! ずっとずっと考えないようにしてたけどもう無理! 早くママに会いたい! 事情なんてどうだっていいからあたしを家に返してよ! 二度と会えないなんて知ったらどんなに悲しむか……そんなの耐えられない! ママが……ママがあたしを待ってるんだよ!」
花菜はそう言い放つと堰を切ったように泣き出した。ショッピングセンターで明るく努めていたのは周りを不安に感じさせないため、そして元の世界のことを考えないようにするためだったのだ。
その姿に沙耶も動揺した。
その気持ちは沙耶も心の何処かでずっと持ち続けていたものだった。家族は突然帰ってこなくなった自分を心配しているのではないか、辛い思いをしてないだろうか。考えれば考えるだけ望郷の思いは強くなる。それが帰れるかわからないとなれば尚更だ。沙耶は花菜の心境を、そして自分の感情に揺り動かされ、ただ立ち尽くしていた。
「あの、三浦さん」
声を上げたのは英樹だった。今度こそ彼は花菜に寄り添い、一緒にしゃがみ込んだ。
「ルシファーさんの話を聞いたところ、ここ幻視界と唯物界、それらは鏡の向こう側のように隣り合っているんだって。だからここは完全に隔絶された異世界っていうわけじゃないみたいなんだ。それに帰れるかわからないってことは、帰れないってことじゃない。帰れるかもしれないってことなんだよ」
英樹の言葉に、花菜が顔を上げた。涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を躊躇うことなく、英樹に向けた。今自分の言葉がどれだけ彼女にとって重いか、否応なくわかっていた。英樹はぐっと自分を奮い立たせるように拳を握り、先程と変わらぬ表情を保とうと努めた。
「俺がよく読んでいた異世界ものはさ、そもそも絶対に帰れないとか、死んでるから帰りようがないとか、そんなんばっかりだったんだ。だから、その……うまく言えないんだけど……僕たちはまだマシなほうだったんじゃないかな」
瞬く花菜。英樹は焦ったように続ける。
「えっと、ルシファーさんがね、こっち側の人たちはよく僕たちの世界を覗いていたって言ってたんだ。何かそういう道具があるらしくて、だから僕たちの世界のこともよく知ってるんだって。スマホだって知ってたんだ! あんなファンタジーの生き物みたいな人がだよ!」
沙耶がちらりとルシファーを見遣った。ルシファーも沙耶に似たようなことを言われたのを思い出したのか、沙耶と視線がぶつかり、そしてきまり悪そうにそっぽを向いた。
「ということはやっぱりこっちとあっちは断絶なんかされてない。繋がってるんだ! きっと帰れるんだよ! だからええっと、その、大丈夫! なんて俺が言っても頼りにならないよね……。いや、でも、その……!」
「あははっ!」
しどろもどろになりながら賢明に言葉を繋ぐ英樹に、花菜が弾むような笑い声を上げた。英樹は突然笑われたことで硬直してしまう。
「ひでっち、すんごい顔だよ! どんだけ頭使って話してんのさ」
そう言われて英樹は慌てて自分の顔を手で触れた。話すのに夢中になってとんでもない顔をしていたのかもしれない。英樹は湧き上がる羞恥心に、頭の先まで体が熱くなるのを感じて尻もちをついた。
その英樹の手を花菜が取った。英樹が目を丸くする。
「でもそれはあたしもか! あはは、むしろあたしのほうが酷い顔だね! あー、顔洗いたーい」
再び笑うと花菜は英樹の手を取ったまま立ち上がった。引っ張られるように英樹も立ち上がる。その英樹の顔に花菜の顔がぐっと近付いた。
思わず英樹が目を瞑った。




