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となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第十四章:生まれ変わった古都
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「さ、沙耶さん……」


浩一の隣に座っていた亜沙子と優香が、その向かい側に座っていた沙耶に助けを求めるような必死の眼差しを向ける。沙耶は苦笑してルシファーを引っ張り、亜沙子と優香の座っていた場所と変わる。確かに彼女たちにその席は荷が重いだろう。


「何でぇ、席代わるのかい?」

「ええ。是非ここの拠点のお話聞かせてもらえればと思って。亜沙子ちゃんたちと場所を代わってもらったんです」

「そうかいそうかい! ははっ、任せときな! こいつらはここの最古参だからよ」


亜沙子たちを遠ざけたことは大して気にされなかったようだ。ルシファーに話を振られても困るので、なるべく自分の体でルシファーを隠すようにして座った。


すると男の一人が嬉しそうに胸を叩いた。


「おうよ! って、いっちゃん。そもそもこのお嬢ちゃんと兄ちゃんは誰だい」

「聞いて驚け! なんとこの二人は移住希望じゃない、ただここに立ち寄っただけっていう旅人なんだと! なんでもこっから九州のほうまで行くらしいぜ」

「おいおい、マジか!」

「ほおー、そんなことする奴がいるとはなあ!」


男たちが口々に驚嘆の声を上げる。移住者に比べて旅人というのは奇異に映るほどに珍しいようだ。

沙耶はそれを笑って誤魔化す。


「そ、それよりも皆さん最古参ってことでしたけど、もしかしてこの平城京跡地ごと召喚されたんですか?」

「そうさ! こっちの二人は設備のメンテナンスで来てて、俺はただ散歩してたんだよ。ったく、何で俺はあの時珍しく散歩なんか行ったんだか。いつも通り家でだらだらしてりゃあこんなことにならずに済んだのによ」


心底悔しがるような顔をする男の背を、残りの二人が笑って叩く。

やはり跡地一帯が人間ごと召喚されたのだ。


「にしてもこんな大きな場所ごと飛ばされるだなんて、かなりの人が巻き込まれたんじゃないですか?」


沙耶の問いに男たちは手を横に振る。


「いやー、奈良公園の辺りならいざ知らず、こんなとこ休日でも人なんて大していないからなあ。それにちょうどあの日は休館日だったから、余計に人なんていなかったぜ」

「それにこんだけでかい土地が飛ばされたって、なーんもないからな。だったらコンビニの一つでも飛ばされたほうが余程役に立ったっての。そうすりゃ食い物とか道具とかよっぽど使えたっつうのに」

「そうそう。持ってこれたのは整地された、だだっ広いだけの土地だけだ」

「ま、おかげで木こりの真似事はせずに済んだがな」


流れるような会話だ。どうやら彼らの中の定番のネタのようだ。


“いやー技術とお金を注ぎ込んで頑張って復刻されたであろう、凄い門がありましたけど……。あれなくなったの、唯物界の日本にとって大分痛手なんじゃ……”


そう思ったが、沙耶は言いかけた言葉を呑み込んだ。


そうこう話している内に、次々と料理が運ばれてきた。

大粒の塩を振って両面をよく焼いて表面に網の焦げ目が入った塊肉に、角切りにした野菜がごろごろと入った香草の香り漂うスープ、大きめの一口大に斬られた具材にとろみのあるタレのかかった串焼きに、細かく刻まれた塩漬けの菜っ葉が混ぜ込まれた握り飯。

それらが机いっぱいにひしめき合うように並ぶ。机はあっという間に宴会さながらの光景となった。


先程見知らぬ大人に囲まれて緊張と萎縮で沈んでいた亜沙子たちの気分も上向いたようだ。明るくなった二人の表情に、沙耶も胸を撫で下ろす。


「色々聞きたいだろうが、この後か、なんならまた明日にでも話してやるからよ。とりあえず今は食おうや。折角の飯が冷めちまう!」


浩一の掛け声を皮切りに、皆食事に手を伸ばした。

間もなく隣の男たちの席にも食事が来たことで彼らも自分たちの机へと向き直った。それを見て亜沙子たちも心置きなく食事に集中できたようだ。沙耶も有り難くご相伴に預かる。


「美味いだろー。まさかあの魔物どもがこんなに美味くなるなんてな」


浩一が串から肉を咥えて引き抜きながらそう独りごちた。


「魔物!?」


その驚愕した声が亜沙子と優香二人同時に発せられた。だが興味深そうな声の優香に対して、亜沙子は悲鳴じみていた。

その声音に驚いた浩一も沙耶も目を丸くする。


「おう、そうだぜ。あん? 知らなかったんか?」

「これも……あれも? あの、怖い魔物から、できてるんですか」


話しかけるのはまだ緊張するのだろう、優香がもじもじと、それでいて興奮を隠せないような少し上気したような声で尋ねる。


「おうともよ! つい最近狩猟隊ってのが新設されて、そいつらが魔物を獲ってくんのさ。ありゃコツがいるからな、ある意味一番の精鋭どもが食材を追っかけ回してるってぇと笑えるよな」

「へえ……!」


優香が感慨深そうに、皿によそった肉を眺める。どんな魔物がどうやってこの料理になったのかを想像しているのかもしれない。その様子は随分と楽しそうだ。


しかし対照的に顔を青くしてしまったのが亜沙子だった。先程まで元気よく動かしていた箸が完全に止まってしまっている。

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