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となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第十四章:生まれ変わった古都
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紙を受け取った沙耶たちが目を瞬かせていると、綺咲がこなれた口調で、まるで録音でもされていたかのように、この拠点についての説明を(そら)んじ始めた。


「えー……ようこそ、我々の拠点へ。私たちはあなた達の来訪を歓迎致します。この拠点は堅牢な城壁に常時出撃可能な戦闘部隊、何より解放の聖女に守られた、この冥府の如き世界の中の唯一の安息の地です。もう魔物の襲撃に怯えて震える闇夜は訪れません。苦しい生活も、孤独からの不安ももうありません。どうぞ皆様ご安心ください」


突然始まった長広舌に唖然とする沙耶たちを他所に、綺咲は滔々と続ける。


「――さて、私たちの一員になっていただくにあたり、お手元の申請書への記入にご協力ください。この申請書に書かれた内容を元に、適切な班へとご加入いただきます。この拠点では基本的にこの加入いただいた班単位で行動していただきます。勿論ご家族やご友人等、一緒に行動したいという要望がありましたら書面下部の備考欄に遠慮なくご記入ください。また、ここの一員になるにあたり、十日間に一度、拠点運営費のご協力をお願いしております。この協力金は各個人の能力に合わせて変動し、集められた協力金はこの拠点の運営並びに皆様の生活の支援に充てられます。隷属契約が成っていない方もご安心ください。隷獣を要しない働き口の斡旋をさせていただいております。但しご留意いただきたい点としまして、この協力金は税金ではありません。協力金が用意出来ない方から無理矢理徴収するようなことはありませんのでご安心ください」


綺咲は一気にそこまで言い切ると、「ふう」と一息ついて最後にもう一言加えた。


「以上がこの拠点に移住いただく際の基本的な要項となっております。その他ご不明点等ございましたら、係の者まで何なりとお尋ねください。我々一同あなた達と共に暮らせる日を楽しみにしております」


綺咲が頭を下げた。思わず沙耶たちも――ルシファーを除いて――頭を下げる。そして頭を上げた綺咲が照れ臭そうにはにかんだ。


「っはあー! 毎回毎回全く肩が凝るよ、こんなの言ってたら。さて、いきなりでびっくりしたろ。悪かったね、これも決まりなんだ」

「あ、はあ」


笑って謝る綺咲に、沙耶は気の抜けた返事しかできない。

何か怒涛のように情報が送り込まれたが、それは呆然としている間に殆ど通り抜けてしまった。それは亜沙子たちも同じだったのだろう。唖然と口を開いたまま固まってしまっている。逆にルシファーだけは我関せずと目を瞑り、この様子では碌に聞いてもいなかっただろう。


“何か……気になる言葉があった気がするんだけど……何だったっけ”


淀みなく流し込まれた情報の中で何かが引っかかった気がしたのだ。だがそれが何だったか最早思い出せない。沙耶がこめかみに指をあてて唸っていると、綺咲が苦笑した。


「ああ。大丈夫、大丈夫。さっきの口頭で説明したのを簡単にまとめたのがこっちの台紙ね。これ見ながらもっかいちゃんと教えたげるから安心しな」

「は、はい……って、あ」


綺咲に見せられた台紙を受け取ろうと手を伸ばした沙耶だったが、その手をぴたりと止めた。綺咲が不思議そうに沙耶へと顔を向ける。


「あの、さっきのお話ってこの拠点に移住することが前提になってるみたいなんですが、私とこっちのルウはこの拠点にただ立ち寄っただけで移住するつもりはないんです。その場合でもこの用紙に記入が必要ですか?」


そう、引っかかっていたのはこの点だ。だがそう口に出しながらも、何か他にも引っかかっていた言葉があった気がするのだが、まずはここを明らかにしなければならない。

沙耶に尋ねられた綺咲が今度は目を瞬かせた。亜沙子と優香が「えっ」と、戸惑いの声を上げる。


「んん? 沙耶ちゃん……だったかい? えっと、ちょっとよく意味が……。いや、言葉通りか。……えっ、本気かい?」

「はい。そうですけど……あの、今までそういう人って、私たちみたいな、移住希望じゃない人っていなかったんですか?」

「ええ? うーん、そうだね。新しく来る奴らは皆ここに住みたくてわざわざここまで来る奴らばかりだから、そうじゃない奴にあたしは会ったことないねえ。そりゃ中にはさっきの説明聞いて躊躇う奴も……って、ああ、沙耶ちゃんもそれかい? 協力金ってのが引っかかった? 確かに「金出せ」ってのは最初ビビるかもしれないが、そんな悪徳商人みたいな金額を取ろうってんじゃないし、額だってビビる程のもんじゃ――」

「あ、いえ。そこが問題でなくてですね。私たち、目的地があってそこに向かってる途中なので、移住は希望してないんです」


綺咲が戸惑いながらも思いついたように口にしかけた言葉を、沙耶は慌てて遮った。


どうやら本当に沙耶たちのような旅人に会ったことはないようだ。綺咲は沙耶の意図を理解した上で、まだ困惑していた。うろうろと落ち着きなく歩き回り、「そのパターンに対応したやつってあったかな」と呟きながら机の引き出しを漁り始めた。


「あの、沙耶さん」


綺咲を目にも明らかに混乱させてしまったことを申し訳無さそうに見ていた沙耶の服の裾を、亜沙子がおずおずと摘んだ。


「その、本当ですか? ここに住まないって」

「え、うん。さっきも言ったように私たちもっと西の方まで行かなくちゃいけなくて、ここには一泊させてもらえればいいなあ、ぐらいのつもりで寄ったんだよね。……どうしよう、何かお手を煩わせてしまってるようだし、今からでも別の拠点に移動したほうが良いかな」


亜沙子に答えつつも、その言葉尻は隣に座るルシファーへと向かう。


“それに何か、色々と面倒そうだし”


言葉に出さずとも一瞬顔にその心中が出てしまっていたようだ。ルシファーはそれを目ざとく見つけると、薄っすら笑みを浮かべて肩を竦めた。


「はっ、そう思うならそうしろ。俺は一向に構わん。今から飛べば何処かしらにはつくだろ」

「だねえ」

「え、え。い、行っちゃうの……?」


今度は優香の声だった。沙耶は思わず目を丸くする。少しずつ打ち解けていってくれているかと思っていたが、まさか引き留められる程だとは思っていなかった。無責任にも嬉しく思ってしまう沙耶だったが、その実彼女たちは沙耶に懐いている、というよりも、二人きりで未知の環境下に入ることに怯えているだけである。

しかしそんな機微は浮かれる沙耶にはわからない。


「うええっと、そうだな。……二人も心配だし、ここで一泊させてもらえそうならやっぱりそうしようかな。あの、難しいですかね?」

「え!? うーんと、ちょっと今手元にこの場合の資料がないんだよな。どうすっかね――」

「戻ったぜ!」


停滞した空気を打ち壊すかのように、浩一が扉を蹴飛ばして入ってきた。そして部屋の中に漂う困惑の空気に一切気付くことなくあっけらかんと続けた。


「終わったか? さっさと入ろうぜ!」


綺咲と沙耶たちは顔を見合わせた。


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