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こうして魔素はクラという一応便宜上の単位を得た。
クラという新たな単位は、これまた単純に結晶の英訳「CRYSTAL」から一部抜き出した「CRY」の読みから取られた。百クラでウケから握り飯一つ交換できる基準だ。このクラは通貨単位であり、エネルギー単位にもなる。魔素とはつまり物々交換するための貨幣であり、隷獣の使役、加えて刻式を起動するためのエネルギーでもあるからだ。
基準値と単位が決まってからは、それまでが嘘のように話が進んだ。話し合いに復帰した沙耶と圭吾が、横道に逸れそうになる度に直ぐ軌道修正するようになったからでもあるのだが、あっという間にクラ通貨、そしてウケを用いた両替制度までトントン拍子に決まっていった。
仕組みとしてはこうだ。天照が各座に、新たに両替を司るウケを配置する。そして人間はそのウケに持っている魔結晶を渡す。するとウケがそれをクラに換算し、渡された魔結晶分のクラ通貨を渡す、というものだ。
クラ通貨は一、十、百、千、万、百万の単位で硬貨が天照によって造られた。硬貨の意匠について再度喧々諤々と揉めたが、最終的に数字と植物や幾何学的を組み合わせた円形のもので決着した。
百万などという硬貨は多くの人にとっては無縁の硬貨だが、これは大量の魔結晶を稼ぐ竜巳と沙耶が仕組みを考え出したが故に作られた硬貨だ。
旅をするにあたり、暴れたがりの隷獣たちが道中体慣らしの感覚で魔物を大量に倒し、そして出てきた魔結晶を回収しているとそれはかなりの量になる。そして一つ一つは手のひらに乗る程小さなものでも、それが大量に集まれば荷物をかなり圧迫していた。
その問題を少しでも解消しようという、至極個人的な事情で生み出された硬貨なのだ。竜巳曰く発案者の特権だと嘯いていた。
実際、試しにと竜巳と沙耶とで持っている魔結晶の過半数以上をウケから両替を行ってみたが、かなりの荷量が軽減された。嵩張る石から小さく薄い硬貨に変わるだけでも大きな変化だ。ただそれでも硬貨としての重さや量もあり、その上今度はわかりやすい硬貨という形で金品を持ち歩くことになってしまうので、欲を言えば唯物界の電子通貨のように貨幣自体も持ち歩かずに済むようにしたいのだが、如何せんその方法に見当がつけられなかった為ひとまず今は保留となった。
この両替という仕組みだが、魔結晶から硬貨に替える際に交換する三パーセント分の魔素を硬貨創造に対する代価として回収される。硬貨は主に地素と僅かな魔素とで、天照独自の配合で創り出されている。魔結晶を硬貨に変える仕組みは、本来魔結晶を回収する天照側の意図に沿うものではあるが、とはいえ例え小さな硬貨といえど、無から無限に生み出せるわけではない。代価ゼロでというわけにはいかないらしい。
だがその程度なら唯物界でいうクレジットカードの店舗手数料と同程度であるし、その三パーセント分の損失を鑑みても共通通貨として扱える利点のほうが大きいと判断したのだ。
実際物資を交換するウケでは今後も魔結晶そのままとクラ、どちらでも継続して交換できるようになる。損失を免れたいのならば魔結晶そのままで使えばいいのだが、それはウケ相手でしか使えない。
これは今後人間同士の金銭のやり取りを見込んだ仕組みでもあるのだ。
通貨を、貨幣を定める。
それは本来国の統治者、為政者の特権であるのだが、沙耶たちの目的は情報の伝達であり、それはただの目的達成の手段の一つである。その為そんな大それたことをしたのだという意識は少なくとも沙耶にはなかったのだった。
そして本題であった魔物の素材化の方法、そしてそれを食べるという内容が書かれた二枚綴りの紙面は五万クラで交換できるようウケに流された。
一万クラというのは圭吾が魔物狩りに集中すれば一人でも一日でなんとか稼げる量だが、それの五日分ともなれば捻出するのは容易ではない。その上隷獣を持たない者や、持っていても戦闘能力の低い隷獣しか持たない者であればこれは更に困難になる。ましてやたったの紙二枚に対する対価としてはかなり高い。当初百クラでもいいと思っていた沙耶からすると法外な設定のように思えたが、竜巳曰く寧ろ安すぎる程だと言う。
この情報は使い方によってはもっと多くの魔結晶分の価値になる上に、この紙媒体での提供という形は、一人がこの紙を交換すれば、他の人はそれを回し読みすることで、魔結晶で交換することなく内容を知ることが出来る。極論してしまえば一拠点で一つこの紙を交換すれば事足りてしまうのだ。
そう聞くと沙耶も確かにこの価格設定は妥当に思えた。
こうしてこの紙面はクラという新たな単位と、硬貨への両替を司るウケと共に全国の座へ一斉に広まることとなった。
新たな技術に、食事に関する革新的な情報、何より突如何の予兆もなくウケがクラという未知の単位を使い始め、通貨化したこと。これらは多くの人々を大いに驚かせ、疑惑を、考察を、希望を抱かせることになるのだが、当の発案者である沙耶たちがそれを知る由はない。
そしてこれをもって沙耶たちの旅立ちの用意は全て完了するところとなった。




