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そうして沙耶と圭吾で魔物の素材化に関する書類作り――主にその文面の作成だが――を行い、同時に竜巳と天照、たまにミカエルとルシファーとが加わって魔結晶での価格設定、それ以前の魔結晶の通貨化の仕組みについて話し合いを始めた。
書面はいくつか入手しやすい魔物を使用した簡単なレシピの例や魔物を捌く時のコツのようなものを示した挿絵を入れるなど、手を凝らしながらも比較的早くに完成したが、難航したのが魔結晶の通貨化の仕組みだった。
魔結晶、すなわち魔素だが、そもそもこの数値を測る基準がない。どうやらこれまで魔素量の観測は主観に依るところが大きく、天族どころか魔族ですら魔素を数値化していないのだという。
聞けば天族は魔素に対しての認識が大雑把で、逆に魔族は感覚が発達しすぎていて、わざわざ数値化しようという考えがなかったらしい。これには竜巳も頭を抱えてしまった。
ならばまずは基準から決めねばならないのだが、それも容易ではない。長さなら身体の部位の大きさや光の速さ、容量なら水の体積、時間なら電波の振動など、時代を経るごとに変遷しながらも様々な基準が決められてきた。そしてこの基準は絶対的で、変動しないものが望ましい。
だが魔素を量る基準としてそれに相応しいものが思いつかない。
その上、基準を定め、数値化も果たしたところで、それを人間が魔結晶から量るのは困難だ。
魔結晶はぱっと見同じ大きさでもそこから取り出せる魔素量に差がある。
大きさは同じでもそれに含まれる魔素の密度や濃度が違うらしい。ウケに渡せば交換に必要なだけを回収する仕組みになっているのでそれでも問題なかったが、だからといっていちいちウケとの交換という行為を挟まなければならないのは不便なことに変わりない。ただの魔結晶から、誰にでもわかるような統一通貨への変換が必要だ。
その為の議論が竜巳たちの間で白熱し、長引き、脇道に逸れ、たまに戻り、まるで泥酔者の足取りの如く論点をふらふらとさせながら、結論の見えない話し合いが続いた。
途中書類の作成が終わった沙耶と圭吾が参加したが、あまりに先の見えない議論に、二人はさっさと見限って部屋から退散したことにすら竜巳たちは気付かず、その調子のまま討論がただただ重ねられていった。
そして三人程熱心ではないミカエルが脱出に失敗して白い灰と化した頃、未だ基準値の設定すら決まらず、とっくに煮詰まっているのに更に煮詰まり、最早何を話し合っていたのかすらわからなくなっていた時だった。
ばん、と音を立てて障子が開き、三人の中央に勢いよく何かが置かれた。
「これでいいじゃん」
置かれたのは大皿いっぱいに載せられた大量の握り飯だった。
皿を置いた沙耶を、疲労で虚ろな目をした竜巳たちが見上げる。沙耶は呆れ返ったように溜め息をつき、昼飯の内容を決めるかのような気軽さで言った。
「おにぎり一個で百円って仮定して、その百分の一を「一」にすれば日本円と近い感じになるんじゃないの」
会議は決した。
澱のように積み重ねられた議論で泥沼の空気と化したこの部屋に、これまでの一切を解さない無責任なほど短絡的な沙耶の一言がそれをすぱりと断ち切った。
日が落ち、とっくに暗くなっていた部屋に沙耶はただ夕食を運んできただけであり、一旦口を止めさせる為に何の気無しに言った一言だったのだが、結局三人はその至極簡単な、何も考えていなそうな結論に落ち着いてしまったのだ。
というよりもう碌に頭が働かなくなっていて、端的に発せられた言葉が神の啓示の如く聞こえてしまったのかもしれない。
握り飯は既にウケの交換項目の中にある。つまり握り飯一つ分の価値になる魔素量はウケの中で決まっている、ということだ。ならばその単位をそのまま使えばいいのだと、結論は収束した。
延々と続くような議論で疲れ果てていたのは天照もだったのだろう、ぐったりとした顔で部屋を出ていった。ルシファーも座りっぱなしで固くなった身体を伸ばしながら、どこかへ飛んでいってしまった。
そして残された竜巳は疲れ切った顔で握り飯を頬張りながら、先程までの異様な時間を「何故あんなことになったんだ」と、どこか他人事のように思い出していた。おかずを持ってきた圭吾と一緒に、部屋を後にしようとした沙耶を縋るように捕まえた。
「お前ら一体いつ消えたんだ? 気付けばミカは部屋の隅で潰れているし」
「気付いてなかったの?」
呆気に取られて閉口する沙耶。圭吾が肩を竦める。
「三人が真剣な顔してラーメンのスープの濃さについて話し始めた辺りで沙耶ちゃんと見切りをつけて出てったよ」
「は? ラーメンのスープ? な、何で俺たちはそんな話をしてたんだ……?」
「いや、知らないよ」
おろおろと戸惑う竜巳に、沙耶の返事はにべもない。圭吾も呆れたように続ける。
「竜だけならともかく、天照様やルシファーまでそんなことを真剣に話し合ってるんだから、頭がおかしくなっちゃったかと思ったよ」
「なあ、その言い方だと俺だけならおかしくないってことにならないか。俺一人でラーメンのスープの濃さについて語ってたらヤバい奴じゃないか」
「そうだよ」
「そうだよ……?」
淡々と答える沙耶に、愕然とする竜巳が手に持っていた握り飯を落とした。




