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「基本的なものは、前のホームセンターの拠点から出発した時に用立ててあるから、あとはこれを長距離で長期間の旅に対応させて……。それで、もう外は寒いからそれ用の道具も……ってなると、やっぱり荷物が多くなっちゃうなあ」
必要そうな物を書き出し、その有無をウケに確認していく。一部無い物はあるがそれでも大体の物はありそうだ。だが、その分持ち歩かねばならない荷物が増える。
そこで竜巳や圭吾と相談し、ユキや竜巳の翼竜に、荷物を括り付けられる鞍のようなものを作ってみた。
貴重品やそこまで嵩張らないものは小さめの鞄に入れて本人が背負い、嵩張るものは大きめの鞄に押し込んでユキや翼竜に持ってもらうのだ。
しかし空の移動中はこれでも問題ないが、拠点など人がいるところではユキたちを出しっぱなしには出来ない。拠点内では多くの人が隷獣をしまっている。その中で自分たちだけ隷獣を――沙耶に至ってはこんなに大きな狼を――出しっぱなしにしては顰蹙を買うし、何より目立つ。そうなると彼らに持っていてもらった分の荷物は結局本人たちが持たねばならないのだ。
やはり荷物は少ないほうがよい。
「これにまだご飯とか調理道具まで加わるのはなあ」
頭を悩ませて、両目を瞑る。
沙耶には圭吾のような野外で生き抜けるような知識も能力もない。かといって竜巳のような、放っておいても生き抜けられるような頑強さもない。その為ホームセンターの拠点から出る時に、「夜は野宿ではなく何処かの拠点で過ごすように」と圭吾に口すっぱく言われていたのだ。
だがそうそう上手く事がいくはずもない。現に沙耶はそう言われて早速初日に約束を守れずに野宿してしまっている。
それに万が一毎日何処かの拠点に寄れたとしても次は食事の問題が残っている。
ここ暫く沙耶たちは魔物を食材化した料理ばかり食べている。まともな味の、美味しいと思える料理を、だ。それが他の拠点に行けばそうはいかなくなる。ならば自分で用立てればいいものだが、沙耶は未だに魔物の解体どころか、基本的な調理すらままならない。
かといって今更、ウケから得られる料理とは見た目ばかりの代物を文句も言わずにしっかりと食べられるかと言われれば、食に疎かな沙耶のことだ。「多少食べなくてもよいか」となることは他人にも当の本人にも明白だ。
「その上沙耶ちゃん、最近更に食べることに関して疎かだしなぁ」
「あはは……」
「あはは、じゃない!」
「ご、ごめんて」
どこか他人事のような沙耶に、圭吾が口を尖らせて叱りつける。食事がきちんと取れるこの天ノ間の屋敷という環境下にいても、沙耶は刻式の勉強やら何やらで食生活がおざなりになっていたのだ。これが不味いものしか食べられないという環境に戻ってしまったら更にどう悪化するのかわかったものではない。
「どこの拠点にも圭ちゃんとかちーちゃんがいてくれればいいのになあ。そしたら私は素材化した魔物を用意すればいいだけでしょ。……やっぱり圭ちゃん、一緒に行かない?」
「ううっ! い、行きたい気持ちはもちろんあるけど、僕には空の移動手段がない。流石にずっとユキちゃんの背中に乗せてもらいっぱなしは僕も気が引けるよ」
「むう。……でもそうだよね、こんなどんな旅路になるともしれない旅なんだし、そんなのに圭ちゃんを連れ回せないよなぁ」
がっくりと肩を落とす沙耶。ウケから交換すべき物資の項目に目を通し、さらに書き出しては筆の頭をこめかみに当てた。「これは鞄を一つ追加しないといけなさそうだ」と渋面する。
「おいおい、何か俺は大丈夫、みたいな感じで話を進めているが、俺の食事の心配はしてくれんのか。俺だって解体はまだ不慣れなんだぞ。それにあれは俺一人がちまちまやるより……大人数でやったほうが効率がいい。ふむ、だがまあ、魔物を食べるってのは大きな転換点、知れば自ずと皆行うようになるだろう。そうすれば俺がせこせこと自分で解体して調理して……なんぞやらずとも、飲食店くらいあっという間に出来そうなものだが。となればあとはいかに周知させるかだが、これは道々広めてくしかないだろう」
「周知。周知、ねえ……」
沙耶は持っていた筆を放り出すように手から離すと、机の上に突っ伏すようにへたり込んだ。
確かに魔物を食べるという行為は今まで寄ってきたどの拠点でも大きな驚きとともに喜ばれた。何といってもそれはまともな味がするのだ。ここ幻視界に召喚されてから食事がただの生命維持の為の行為に成り下がってしまっていた中、これは多くの人々に衝撃をもたらした。
だが全ての人に無条件に受け入れられたわけではない。話を聞いて嫌悪感や忌避感を持つ者も少なくなかった。皆が「美味しい」と言って食べているのを見ても、頑なに拒絶を続けた者がいることも知っている。
それに周知ということは魔物を素材化させる方法、コツ、果ては捌き方に食べ方に至るまでを説明し、時には批判的に寄せられるであろう問いにも対応しなければならないのは目に見えている。それをこれから寄る全ての拠点でやらねばならないのかと思うと気が重い。




