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そしてもはや何十着目かもわからなくなった頃、全ての服を着終えた。
「錦上添花! 愉快適悦! 何とも素晴らしき時間であった!」
「うんうん。本当に楽しかった! 今まで頑張ったかいがあったよ!」
充足し、満足しきった顔の天照と圭吾の様子を、終わった頃を見計らって戻ってきた竜巳が遠巻きに見て苦笑いを浮かべている。
その近くには着終わった服で出来た山の上に脱け殻と化した沙耶が倒れ込むように打ち捨てられていた。
「よく耐え切ったな、ナイスガッツだ」
竜巳が憐憫と尊敬の目をして沙耶の頭を撫でた。疲労困憊の沙耶はそれに「あー」とか細く声を出すことでしか返事が出来ない。
その時、戻ってきた竜巳に気が付いた圭吾がこちらに歩いてきた。
「ちょうどよく戻ってきやがったね。途中でいなくなるなんて失礼でしょ」
「無茶言うな。途中まで耐えたことを褒めてほしいもんだ。とはいえお前らもよくもまあ、あれだけ作ったもんだ。唯物界ではまず見んようなデザインの服は中々面白かったが……あー、何だ。それ以外のメイド服やらチャイナドレスやらナース服やら……俺はてっきり途中からそっち系の店にでも来たのかと――」
「へい!」
ばしんと竜巳の顔を圭吾が両手で押さえつけた。沙耶がむくりと顔を上げる。
「そっち系?」
「何でも無いよー」
沙耶に笑顔を向けて、圭吾が竜巳の胸ぐらを掴んで引き寄せた。小声で耳打ちする。
「それを沙耶ちゃん本人に聞かせるな!」
「作ったのはお前らだろうが」
「うっ! うーん……いや、作ってた時は妙に盛り上がっちゃって……。あの時の僕は絶対に何か変なテンションになってたんだな。……その、僕だってショーの途中でやっと冷静になって、流石に気付いたよ」
気まずそうに服の山から目を逸らす圭吾。山の頂上辺りに積まれている服は、特にそれだ。
それを無自覚な女の子に着せてしまったことへの後ろめたさでばつが悪い。何より今沙耶が着ているのは、背中が大きく開いた丈の短い露出の高いドレスだ。年上の男が年下の女の子にこれらの服を着せたというのは、よくよく考えれば体面の良いものでない。
「着てる本人が気付いてないなら構わんだろ。――さて、こんだけ付き合ってやったんだ。さぞ素晴らしく仰天な真実を話してくれるに違いない」
「ああ、そういえばそういうことだったね。すっかり忘れてたよ」
「ほれ、行くぞ沙耶。その疲れ切った着せ替え人形っぷりを見せて最後の一押しだ」
「むあー」
沙耶を引っ張り上げ、立たせる竜巳。そしてそのまま、余韻に浸るように会場となった部屋を眺めている天照のもとへと向かった。
「天照殿! その様子を見るにご満足していただけた様子! そして貴殿から与えられた魔素の扱いについても俺も沙耶も会得した。もう己の意思なく魔素を過供給することはない。ならば当初の約定通り、我らの望むこの世界の真実を教えてくれ!」
竜巳が両手を広げて声を張り上げた。竜巳の背後で沙耶も圭吾も固唾を呑んで見守る。ミカエルとルシファーは己の主の傍へと控えた。
背中で竜巳の声明を聞いていた天照だったが、暫く沈黙が続いた後、振り返ることなく「そうさの」と小さく呟いた。
地界の神を名乗る者からの真実の告白。それは恐らく衝撃的なものになることは想像に難くない。
皆に緊張が走った。
「よし。では貴様らに試練を課してやろう」
くるりと振り返り、天照が挑戦的な口調で両手を腰に当てた。その表情はどこか得意気だ。
だが竜巳たちから返ってきた反応は天照が想定していたものではなかった。
「は、はあ? この期に及んでまだ駄目なのか。何だ試練って! RPGやってんじゃないんだぞ」
「しれっ……っ! まさかまた魔素の扱い的な……」
竜巳は顔を顰め、沙耶は絶望に顔を青くしている。天照は目を丸くすると、鼻白むように口を歪めた。
「何じゃ何じゃ、せっかく破格の対応をしてやっとるというのにその反応は。そもそも当初の約定は「儂をその気にさせてみろ」であったろうが。で、お主らはこうして見事儂をその気にさせ、必ず話すという対価付きの試練を受けることに漕ぎ着けた。これは人間に対して初めての対応じゃぞ。謂わば主らが世界の先駆け。感謝してほしいものじゃ」
腕を組み、大儀そうに鼻を鳴らす天照。竜巳は頷く沙耶と顔を見合わせると、短く唸って頭をかき、そして大きく息を吐いた。
「確かに……そういうことだったな。悪かった。その試練とやら、有り難く拝受しよう」
竜巳が頭を下げた。それを見て慌てて沙耶もそれに続く。天照が肩をすくめた。
「儂とて何も邪険や吝嗇で答えを先延ばしにしているのではない。……儂はな、お主らには感謝しておるのじゃ。主らの存在は儂に新たな世界を、新たな喜びや可能性を見出させてくれた。これはそれに対する謝意であり、ある種の餞別じゃ」
「試練が、餞別?」
未だ試練という言葉に怯んでいるのだろう、沙耶がびくびくと首を傾げるが、天照がその頭に手を置いた。
「その意味はこの試練にて自ずとわかるじゃろう。きっと主らに必要なことじゃ」
そう言って沙耶の頭を撫でる天照の顔は、どこか切なそうに、そしてどこか慈しむ眼差しをしていた。
沙耶はそれを面映ゆそうに、それでも嬉しそうに享受する。竜巳が困ったように表情を緩めた。
「よくわからんが、俺たちの為だということは理解した。ならば後はそれに俺たちが応えるだけだ。――やれるな、沙耶」
「もちろん!」
沙耶が笑って振り返った。竜巳が頷き、天照へと向き直る。
「では聞こうか。その試練とやらの内容を」




