表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第十三章:斯くして舞台の幕が上がる
136/220

135

季節は冬の只中にあった。


天ノ間の外では雪が降る日も増えたようだが、ここには雪が降らない。天ノ間の空は外界の天候や気候、太陽の傾きと同じ動きをするが、空が直接繋がっているわけではなく、いわばそれらを映し出しているといった状態であるため、天ノ間の主である天照が望まぬ事象は反映されなかった。

その為、灰色の雪雲に空が覆われているのに、雪も雨も降らないという、どこか造り物めいた、そして浮世離れした空間であった。


「うげ、まあた今日もやってんな」


冬は日の入りが早い。宵闇に包まれ、屋敷の所々に吊るされた燈籠が赤くぼんやりと光る頃、外から戻ってきた竜巳が沙耶の常駐する部屋を覗いて、まるで虫でも見つけたかのような声を上げた。


「うげって何さ、失敬な」


大量の紙束と積み上げられた魔結晶の山の間から沙耶がむくりと顔を出した。近くにルシファーもいたが、竜巳の声に顔を上げることなく、手に持った紙を睨み続けている。


竜巳は足の踏み場もないような部屋の状態に面食らいながら、紙と石とを掻き分けて沙耶の元へ向かい、すぐ近くに落ちていた一枚の紙を無造作に拾い上げた。それを近付けたり遠ざけたりして細目で眺める。そして直ぐに顔を顰めて手から滑らせるように離した。


「そう言いたくもなる。何だこの有り様は。行き詰まった研究室か納期前のシステムエンジニア共の部署部屋みたいになってんぞ」

「どっちも知らんよ。それよりも、ねね。竜もやってみない? 興味はあるんでしょ」

「あるにはあるが……それを自ら研究してものにしようとは思わんな。俺は勉強が嫌いなんだ」


辟易するように竜巳が手を振った。見ると竜巳の後ろに立っていたミカエルも同じような顔で頷いている。おそらく彼も好みとするところではないのだろう。


「だろうな。脳筋どもにゃ端から無理な話だ。わかったらさっさと――」

「そんなことはない!」


漸く口を開いたルシファーの言葉を遮って、沙耶が竜巳に詰め寄った。目が血走り、妙な圧がある。


「聞いて! 魔導式には一見法則性なんてなさそうだったんだけどそんなことは全然なくて、実は基本形となるものがいくつか存在して、そこに追加でどんどん条件を追加していくの。そうすることで基本形の効果を条件に応じて様々な事象に変化させることが出来て――」

「もういい、もういい! 急に早口で捲し立てるな! どんだけハマってんだ。ったく、程々にしておけよ。お前がまず見るべきはお前の顔だ。凄い顔になってんぞ。ちゃんと寝てんのか」


竜巳が呆れ顔で沙耶の頭をぐりぐりと揺らす。沙耶は竜巳の問いに一瞬固まると、ぎこちない動きでルシファーへと振り返った。


「寝て……る、よ? あれ、私寝たのいつだっけ?」

「あ? 飯食う前に寝落ちてただろ」

「飯食う前……っておい、あそこの紙束の上に置かれてるのは俺が今朝用意した朝食だろ。手つかずじゃないか! ってことはお前らの言う飯の前ってのは……昨日の夕飯のことで、徹夜か! 寝ろ!」


声を荒げる竜巳が沙耶の顔を片手で鷲掴む。顔を掴まれた沙耶は奇妙な鳴き声を上げてされるがままになっていたが、はっと何か思い出したように竜巳の手を両手で掴んで引き離した。


「いやいや、私が寝てないってのは私の魔素の扱いが向上したってことでもあるからね! 上手くなったから余計な魔素消費もなく、指先の痛みもなく刻式を作れるようになったわけで。あ、さっき作ったやつ、中々いい感じのが出来たんだよ。見てみる? いや、見よう!」

「完全に徹夜明けのナチュラルハイじゃねえか。おいこら、保護者。ちゃんと面倒みろよ。監督不行き届きだぞ」

「誰が保護者だ。ったく、人間は面倒だな、こんなこまめに休息を取らないと直ぐに不具合を起こすだなんぞ。魔族の中にゃ年単位で寝ることなく研究を続けてるやつもいるってのに」

「お前の言う通り、俺らは人間なんでな。そんな怪物と同じにするな。圭吾がそろそろ作業が完了しそうだと言っていた。完成した服を着るべきやつが、そんなゾンビみたいな顔して天照殿の気を損ねるのは勘弁だからな。俺たちの当初の目的である情報の公開について、まだ彼女から確約は取れてないこと忘れるなよ」

「ちっ、わあってる。おら沙耶、呼び出しがあるまでくらいは寝ろ!」


ルシファーがどこにあったのか、布団を引きずり出すと枕を沙耶の顔面に投げつけた。沙耶は布団をどかそうと暫くもがいていたが、布団の重みと温かさの心地に負け、すうっと静かになった。

漸く寝たのだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ