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となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第十二章:伏竜の庭
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そうしてあっという間に食堂の机の上に本日の料理が用意された。


「どうだ、トンカツもどきだ!」

「もどき、って」


失笑する圭吾。竜巳は胸を張る。


「豚だか牛だか、何だかよくわからんやつの肉を使っているからな。トンなのか何なのか何とも言えん。が、それより称賛すべきは揚げ物を敢行したことだろう! 俺は元の世界でも揚げ物なんぞ、とんとやらんかったのだぞ」

「あー、確かに一人分で揚げ物するって面倒だもんね。料理もだけど最後の油の処理とか。……にしてもよくこんな油があったね」

「おう、腹のでっぷりと膨らんだ蛙っぽい魔物の腹の中に、胃液の如くたっぷりとあったのだ」

「うわ、聞かなきゃよかった」

「美味い!」


談笑する竜巳と圭吾の会話を破るように、歓声が響いた。

見れば天照が口いっぱいにカツレツを頬張っている。そしてするすると吸い込まれるように、皿に大量に盛られていたカツレツが消えていく。


「うむうむ、何とも美味。何とも至福。まったく……この儂がおなごと触れ合う以上に愉悦に浸れるものがあるとは思わなんだぞ」


もぐもぐと咀嚼を続けながら感嘆の声を上げる天照。圭吾は苦笑いを浮かべた。


「触れ合う、って何か嫌な言い方だなあ」

「あんたが男だったら完全にアウトな発言だぞ。だがまあ、作ったもんがお気に召したのなら何よりだ」


竜巳も椅子に座り、食事を始めた。

その後、料理を前にしても半分眠ったままの沙耶を除いて、皆が歓談しながら食事を続けた。


大量にあった料理が殆ど食べ尽くされた頃、圭吾が皆にお茶を入れた。このお茶も竜巳が魔物狩りの最中に茶葉の代用として――圭吾に具体的に指示されて――採取していたものだ。


「そっちの進捗はどうだ。服飾など俺も沙耶も門外漢だからな。巻き込んだお前に完全に任せっきりになってしまっている」

「いやいや、ほんとだよ。……でも許す! こんな思う存分、自由に洋服を作れるなんて唯物界にいた時だってありえなかったからね。何より天照様の能力が凄いよ、どんなデザインだって自由自在、それでいて実用に耐えうるものが出来るんだから」

「ふふん、圭吾は儂の偉大さをようわかっておるの。……じゃが、儂は主ら人間の発想にも感心しておるよ」


ふっと笑みを零す天照に、竜巳も圭吾も手に持っていた湯呑を置いて顔を向けた。


「魔物を食べるという発想も、調理という行為についても儂では考えもしなんだ。それに圭吾と唯物界について様々な話をしたが、服の意匠一つとっても新しい考えが次々と思い浮かぶのは、人間故なのかもしれぬ」


竜巳と圭吾は言葉を発することなく、互いの視線を合わせ、そして無言のまま天照の次の言葉を待った。


「人間なぞ、この世界ではか弱く放置すればあっという間に死んでしまうような……そんな存在だと思っていたが、貴様らを見てるとそんな気も失せてくるわ。人間とはかくもふてぶてしく生きてゆくものなのだな」

「そこは……うーん。僕たちが特殊なのかもしれないですよ」

「全くだ。見てみろ、神と名乗る存在の前でこんなに爆睡をかまして、あまつさえ話も聞いとらん娘が人間の標準と思われるのは心外だ」


天照は沙耶に目を向けた。

何とか食事を口に詰め込むことが出来た後は直ぐに眠りに落ちてしまっている。額を机に押し当てるようにして眠る沙耶の髪がくしゃりと広がっている。天照は「確かに」と言って笑うと、その髪を整えるようにそっと頭を撫でた。



それから数日が経った。


天照と圭吾の服作りは佳境を迎え、服も何着か完成し始めていた。竜巳も実践による魔素の扱いにかなり慣れ、皆の合作である便利な厨房設備が出来たのも加わって最近では魔物の解体も一部自分で行うようになっていた。


そして沙耶はというと、未だに刻式の制作に終始していた。だが、その様相は初期とは大きく異なり始めていた。


当初沙耶はルシファーから教えられた最も簡易で単純な式を刻む練習を続けていた。だが、同じ文様ばかりでは飽きるだろう、といくつか違った種類の式もルシファーが沙耶へと教えだしたのだ。沙耶はそれを律儀に何度も何度も刻み、ある程度の回数をこなすとルシファーがまた新しい式を教えた。


ルシファー曰く、刻式には大きく分けて使い切り型と使い回し型の二種類が存在するそうだ。刻式によって発動させる効果が同じでも、使い切り型は刻む式も単純で製作も容易、対して使いまわし型は式も複雑で製作も難易度が上がる。その上永久に使えるわけもでもなく、徐々に劣化もする、という代物だ。


ここで沙耶が作り続けたのは使い切り型のほうだ。刻式の製作にあたり、簡易な式のほうが消費する魔素が少なく、複雑な式になるにつれて魔素の消費量は増えていく。

魔素量増加の為にも式の難易度を上げていくのは有効ではあるが、今沙耶が必要なのは刻式を作ることによる、魔素感覚の会得だ。それは簡易な式で済む。


だが沙耶が得た特筆すべき点は、それによる早々の魔素感覚の会得でもなく、僅かな魔素量の増加でもなく、何種類もの式を何度も刻むことによって得た魔導式への理解であった。


式をただなぞるように刻むだけの練習だが、それが膨大な数になれば嫌でもその式は頭に入る。そうなると初めて見た時には意味の分からない模様でしかなかったものの中に、法則のようなものが見え始める。

集中し始めると周りが見えなくなる沙耶ではあるが、終始無言で刻み続けているということはない。合間合間にルシファーに式について質問をし始めたのだ。


ルシファーも最初は世間話の延長のように、軽く流して答えていたのだが、次第に沙耶の問いが的を得たものになっていくと、ルシファーの答えにも熱が籠もり始めた。そして終いには偶然覗きに来た天照も面白がって沙耶にいくつか式を教え始めた。その中にはルシファーですら舌を巻くものもあったようで、余計に三者で話が盛り上がっていったのだった。


そのおかげか、興が乗った天照とルシファーによって厨房にはかなりしっかりとした設備が用意された。


完成した物を前にして作成者たちから機能、というより仕組みをかなり詳しく語られた。発動方法の違いはどうとか、ここに置く物とウケに流させる物とで変えている部分がどうとかだ。


だがそんなものを聞いても竜巳も圭吾もよくわからない。何とか基本的な使い方だけを聞き出して彼らを部屋から追い出したのだが、その熱弁を振るう中には何と沙耶も混じっていた。どうやら沙耶も研究畑の人間だったようだ。


その証拠に沙耶が腰を据えた部屋の中には、河原のように夥しい数の魔結晶が所狭しと転がり、壁には様々な式を書いた紙が何枚も一面に貼られるという有様になっていた。


この頃になると、流石の沙耶も魔素の扱いが向上し、ルシファーから渡された刻式で発光させることが出来るようになっていた。だが気付けば手段と目的とが入れ替わり、沙耶は式の研究に夢中になっていたのだ。


その様子を竜巳と圭吾は呆れたように眺めていた。


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