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となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第十二章:伏竜の庭
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「おお! それだ、それをやって欲しいんだ!」

「はあ?」

「今この厨房では、水桶には圭吾のアイリスに水を出してもらい、薪に火を点けるにはウケから交換しておいたマッチで一から火起こしだ! 厨房を特急で作ってくれた天照殿には感謝しているが、いちいち不便でならん。お前、料理の時だけでもここにいられんのか」


竜巳が手を広げて厨房を見せつけるように力説する。ルシファーは煩わしそうに口の端を歪め、何か言いかけたが、ふと動きを止めた。


「な、何だ。罵倒か?」

「ちょっと黙ってろ。……おい圭吾、確かあの拠点でウケに作らせた厨房設備もそんなだったか?」

「え、うん。ちーちゃんはそれでも喜んで使ってたけど」


ルシファーが眉を顰めた。


「……おかしな話だ。確か沙耶のいた大学ではシャワー室なる設備をウケから交換していただろ。あれと同じ仕組み、つまり刻式を使えばいい。何でこれには刻式がついてないんだ」


圭吾も竜巳もはっとした表情に変わった。


「シャワー設備……魔結晶を入れるだけで何故お湯が出てくんのかと思ってたが、そうか、やはり刻式を使ってるってカラクリか」

「刻式って今沙耶ちゃんが必死になって作ってるやつ? それがあれに入ってたってこと?」

「おそらくな。確か魔結晶は魔素の塊。魔結晶から魔素に変えて、シャワー設備についているであろう刻式を発動させていたんだ」

「お湯が刻式ってので出せるなら、火ぐらい点けられちゃうんじゃないの!」


期待の籠もった目で圭吾がルシファーを見つめる。竜巳も思わず息を呑んだ。そしてルシファーが鼻で笑った。


「はっ、当然」

「やったー!」

「っしゃあ!」


大きな快哉が上がった。


流石にこの声の大きさで沙耶がびくりと肩を震わせて目を覚ましたようだ。むくりと上体を起こして厨房へと振り返るが、何があったのか理解できず、少しの間考え込むように目を細めていた後、再び机に突っ伏してしまった。

だが、歓喜に湧く竜巳たちがそんな沙耶の様子などに気付くはずもなかった。興奮する勢いのままにルシファーに詰め寄る。


「シャワー設備だと何もないとこから水が出てたよな。ってことはこの水桶に刻式で水を溜められるってことか?」

「ねえ、それって持ち歩き出来る? 外で火を点ける道具みたいのが欲しいんだけど」

「うるせえ、いっぺんに喋るな! 言っとくが俺が出来るのは刻式の作成だけだ。ガワは知らんぞ。つーかそもそもあの女に最初から刻式を組み込んだやつを出させればいいだろうが。シャワーなんてもんが作れるなら、お前らの言うようなものだって作れないはずがない。そうだろ」


そう言ってルシファーが振り返った。その先の食堂に、眠る沙耶をつついてちょっかいを出す天照の姿があった。天照は振り返らずに声だけを返す。


「仕方なかろ。儂はお主らに会うまで何かを食らうこと、ましてや調理など必要性はおろか、認識すら碌になかったのじゃ。調理という行為に至っては未だに何をやってるのかよくわからん。儂がよくわかっとらんものは、儂の眷属であるウケどもにも用意出来ん」


沙耶の髪をくるくると指に巻き付け弄ぶ。巻き付いた髪は指を離すとしゅるりと解けた。


「今までなら「そんなものをわざわざ用意して調理などと面倒なことをせずともウケから直接料理を交換すれば良い」とでも言っていただろうが、だがこうして魔物の素材を使用した料理の味を知ってしまってはな。人間にはこの複雑で煩雑な行為をしてでも、美味いものを食いたい、否、食わざるをえんというわけなんじゃな。ふむ……これは今後、この世界の人間たちに広まると思うか」

「もちろん!」

「それもあっという間にな」


圭吾と竜巳がすかさずに声を上げた。期待の不安の入り混じった目で天照の背中を見つめる。天照がおもむろに振り返った。


「ならば図案と使う刻式を持ってくるがよい。儂が作るのはガワだけじゃ」


天照がいたずらっぽく笑った。ルシファーが鼻を鳴らして顔を背けた。


「そうさの、ものが良ければウケの座にそれらも用意させよう」


竜巳と圭吾が目を輝かせてぐっと拳を握った。


「それよりも今は飯じゃ、飯! さっきからよき匂いがしておるのじゃ、早う食おうぞ」


天照が勢いよく腕を広げ、そして厨房へと指を差した。その急かす姿には必死さすら伺える。


「ははっ。天照様は随分と食いしん坊に磨きがかかってきたね」

「以前「肉を食うなぞ野蛮だ」とか何だとか抜かしていた姿は何処へやら、といった感じだな」


圭吾と竜巳が笑った。それに気が付いた天照が少しむっとしたように顔を二人へと向ける。


「儂がわざわざ拵えてやった(くりや)を使わせてやっておるのじゃ、その成果物に儂がありつくのは当然であろ」

「何も悪いと言ってるわけじゃない。新たな美味を知るということは天体の発見以上の幸福だとも言うそうだからな。――ま、確かにそろそろ食おう。せっかく苦労して作ったのに冷めちまう。圭吾、ミカ、運ぶのを手伝ってくれ」

「はーい」


竜巳の呼び掛けに応え、圭吾が手を挙げた。食堂の隅で壁にもたれていたミカエルも厨房へと入っていく。


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