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となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第十二章:伏竜の庭
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沙耶は中庭に面した一室に腰を据えた。

手本となる式が書かれた紙を見ながらの作業になるため、室内で行うほうが理に叶っているが、そうなるとユキが窮屈な思いをすることになる。それもあって当面この作業に終始することを見越して、ユキが自由に動き回れる中庭の近くの部屋を選んだのだ。


この部屋自体はそこまで広くはない。畳敷きの室内は出しっぱなしの布団が一つと、座卓と座布団が一つあるだけだ。障子を開ければ廊下を挟んですぐに中庭が見えるようになっており、たまに様子を見にやってくるユキのために障子は常に開け広げられている。

とはいえ沙耶が中庭を眺めることは殆どなかった。


ルシファー曰く、刻む式は簡単なものなら消費する魔素量は少なく、複雑な式なら大きく魔素量を消費するのだそうだ。簡易な式で練習を続けることは魔素の過消費を防ぐためでもあったが、いくつも刻式を作成出来るようにすることを見越したことでもあった。沙耶には何度も何度も式を刻む練習が必要で、その為には簡易な式であることが都合がよかった。


そして沙耶の視線は常に手本の紙と手元の魔結晶に注がれ続け、部屋の中に刻式となった魔結晶が次々と積み上がっていくことになったのだった。


その頃、竜巳は天ノ間と外の空間とを頻繁に行き来し、実践での訓練を順調にこなしていた。

魔物の素材化で消費する魔素量は精度を増し、傍で見ているミカエル曰く、何度か倒した魔物ならば五割の確率で過不足ない魔素量で素材化が出来るようになっているという。魔物には個体差があるため、同じ魔物でも消費する魔素量は若干異なる。その見極めが非常に難しいのだが、竜巳はそこも持ち前の感性で次第に掴み始めているようだ。


そしてその素材化した魔物たちがどうなるかというと、天ノ間にて皆の食事へと使われることになる。

天ノ間にいる皆がそれぞれ別のことに打ち込んでいるため、意図して場を設けないと顔を合わせる機会が殆どなくなり、何より、わざわざ時間を設定しないと食事もまともに取らないような連中ばかりなのだ。強制的に食事を取らせるためにも一日に一度、夕食時には全員で食事を取るという合意へ何とか竜巳がこぎつけたのだ。


この日も、おそらく時間に気付いていないのだろう、夕食の時間になっても現れる気配のない皆を引っ張り、漸く全員が揃ったところだった。


「お前らいい加減自分で部屋に集まれんのか」

「いやあ、作業に夢中になっちゃって、ついね。それにここ時間感覚よくわかんなくなるし。それより今日は何かな? 君が料理できるなんて意外だったよ」

「一人暮らし歴が長いんでな。ある程度は出来る……が、流石に解体はまだまだ要領を得んな。結局そこはお前頼りだ」


談笑しながら部屋に入る竜巳と圭吾の後に、無言でミカエルがそれに続く。その後少し間を開けて、今にも眠ってしまいそうな顔をした沙耶がルシファーに支えられて入ってきた。


ここは天照の屋敷に数多くある部屋の中の一室を食堂として整えた部屋だ。

飾り彫りされた欄間や、一輪挿しの置かれた違い棚などがあるが、床は畳ではなく板張りになっており、大きな一枚板の机と人数分の椅子が置かれている。机はそれだけの椅子が並んでもまだ余裕がある程に大きく足も長いが、その机が鎮座しても圧迫感がない程度には広々としている。

また、襖を開けた先の、奥の間には厨房設備を備えた空間がある。そこには元々何もなかったのだが、取ってきた素材を使って料理をするようになると、天照が「あったほうが美味いものが作れるのだろう」と言って、あっという間に厨房設備が備えられたのだ。


「とはいえ、水桶から水を汲むだの、薪から火を起こさにゃならんだのは、どうにかならんもんか。だいぶ慣れたが、火を点けるだけで一苦労だ」

「え、君にも凄い隷獣がいるじゃない。こう指を弾くとかしてつけられないの?」

「あれはそういうのは出来ん。拳に炎を纏って一帯を焼き尽くす、みたいなのは出来るがな」

「兵器じゃん」

「そう、兵器だ。道具のようなことは向いとらんらしい」


竜巳と圭吾が壁にもたれて腕を組むミカエルに視線を向ける。ミカエルはそれに気付くと、当然であるとでも言いたげに深く頷いた。


「私は戦闘が本分だ。そういった小手先の小細工はあちらの専売特許だ」


ミカエルが体勢を全く変えずに視線を投げた。その先にいるのは、寝ぼけ眼の沙耶を何とか椅子に座らせたルシファーだった。竜巳が肩を竦めた。


「あいつが俺のする料理のために、わざわざ甲斐甲斐しく火を点けてくれるはずがなかろう」

「だよねえ。正直、今ああやって沙耶ちゃんの面倒を見るようになっただけでもかなりの変化だよ。前は主である沙耶ちゃんのことすら放置だったからね」

「何の話だ」


溜め息をつく竜巳と圭吾の会話に、ルシファーが割って入った。厨房に湯呑を取りに来たようだ。尋ねておきながら、竜巳たちを横目に湯呑を見つけるとさっさと戻ろうとしていたが、それを竜巳が引き止めた。


「おい、それ空だぞ」

「問題ない」


事もなげにそう言うと、ルシファーが湯呑に指を伸ばした。

するとその指先から少し離れた所から水が湧き出し、湯呑へと入っていった。そして僅かにルシファーの手元が赤く光ったかと思うと、湯呑の水が微かな湯気を立てた。白湯になったのだ。

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