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となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第十二章:伏竜の庭
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天照が居住するこの空間、元々は名称などなかったようだが、不便だということで「天ノ間(あまのま)」と呼び慣わすようになったこの場所には夜が存在していなかった。正しくは、無いのは夜だけでなく、昼夜自体が存在していなかったのだ。それはこの天ノ間には通常あるべき空そして太陽がない為であった。


光源がない筈のこの空間では何故か屋外でも屋内でも暗くて物が見えないということがない為、当初こそ誰も気にはしていなかった。

だが時間間隔、主に体内時計へと徐々にその影響が出てきたようで、「天照の名を冠するのにここには太陽がないのか」との訴えが彼女の矜持を刺激し、その数時間後には天高く澄み渡る青空と輝く太陽、そして夜になれば空は暗く月が昇るようになっていた。だが実際はこの空間に天体を創り出したというわけではなく、地界の空を反映させているだけのようだ。


とはいえ、驚嘆する沙耶たちがルシファーやミカエルにその仕組みがどうなっているのか聞いてみても首を横に振るだけだった。


そうして今沙耶と竜巳は青空の下、中庭の一角で数時間に渡る魔結晶との睨み合いへと至っていた。


「ううう……ぜんっぜんわかんない。え、今のは魔素量が少なかったの?」

「いや、多い」

「ぬうーん」


指輪から出され日向ぼっこをしているユキにもたれて、沙耶が頭を抱えていた。ユキが大きく口を開けて欠伸をする。


あれから天照と圭吾は服作りを開始したようだ。その段階に至ると沙耶は基本的に不要となり、偶に調整の為に呼ばれる以外は基本的に放置されていた。一日に二回、食事の為に顔を合わせることはあったが、天照たちは作業に夢中になり、次第に作業部屋で済ませてしまうことも増えていった。


そんなこともあり沙耶も竜巳も魔素操作の向上について集中して取り組むことが出来ていた。

食事も最初こそは天照が飼っていた魚を素材化して調理していたが、ここ数日は天照が用意した、つまりウケが出す食事と同じもので済ませ、二人はずっと訓練に明け暮れていた。


だがその進捗は沙耶と竜巳とでは大きく異なっていた。どうやら沙耶はかなり苦戦しているようだ。


「感知系が不得手だと知ってはいたが、やはりこうなったか。逆に意外だったのがあいつだな」


ルシファーが近くの木の陰へと目を向けた。木にもたれ、胡座をかいて気の緩んだ格好をしている竜巳であったが、その表情には確かな手応えが感じられた。


「魔物の素材化を教える際にも思ったが、あいつは魔素の扱いの勘どころがいい。隷獣はがさつな脳筋のくせにな。目標値に対して自分が流した魔素量が多いか少ないかはもうある程度目安がついているようだぞ」


足元に座り込む沙耶が情けなく鳴いた。


「うえー。見捨てないで」

「見捨てねえよ。俺がお前を見捨てたら本末転倒だろうが」


魔素を流し込む感覚は、魔物を何体も素材化しているので沙耶にもわかる。だが、その量を調整するとなると話が違う。

握力計で思い切り力を入れればいいのと、全力値ではない数値を狙って力を込めるのとでは難易度が段違いだ。その上、握力計は長年生涯を共に過ごしてきた身体を使って行うが、今扱っているのはつい最近存在を知ったばかりの、殆ど未知といっていい新たな感覚のものだ。


どうやら保有する魔素量だけは多いようなので、この刻式を光らせる程度なら何度繰り返しても魔素切れを心配する必要はなかったが、それでも沙耶には魔素を己の意思で操るという感覚が到底掴める気がしなかった。


その時地面を擦ったような音が聞こえた。竜巳が立ち上がっていた。竜巳の近くに座っていたミカエルは、座ったままそれを見上げている。


「おお! 今の見たか、ミカ!」

「見ていないが、一瞬眩いものを感じたな」

「見とらんのかい! まあいい。沙耶、俺は一瞬光らせることが出来たぞ! なるほど、あのくらいの感覚でやればいいのだな」


歯を見せて笑みを浮かべる竜巳に、沙耶は真逆の、絶望の表情でがくりと膝をついた。


「お、置いてかれた……。完全に置いてかれた。何だ、感覚って。何を言っているんだ、あの男は」

「あー……まあ、頑張れ」


ルシファーですら柄にもなく沙耶を慰める言葉しか掛けることが出来なかった。



そこからの竜巳は早かった。


その日の日が沈む前にもう五回発光させることに成功し、翌日には九割で発光させることに成功した。更にルシファーから設定値を変えた刻式を渡されるが、それもその翌日中には安定的に発動できるようになっていた。


「ならば後は場馴れ、実践だろう」


そう意気揚々とミカエルが竜巳を天ノ間から引っ張っていった。どうやらここ最近ずっとこの空間に籠りきりで退屈していたようだ。


実践とはいっても、人間である竜巳が魔素を使って何か現象を起こせる訳では無い。魔素を適切量だけ流し込む、魔物の素材化での実践ということであった。


「俺もいい加減、あの味のしない食事には耐えられんくなっていたところだ。何か美味そうなもん取ってきてやるから頑張れ」


竜巳もそう沙耶へと言い残して出て行ってしまった。

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