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「け、獣だ!」
沙耶は思わず叫んでいた。
ここでやっと沙耶は「隷獣」という言葉を思い出した。そうなのだ、獣と言っているのだから人型ではない可能性だってあったのだ。
だが沙耶はこの世界に召還されて以来、ルシファーにしか隷獣を名乗るものに会ったことがない。ルシファーのその姿かたちとその名から、隷獣とは偉人や伝説上の人物本人またはそれらを由来とした者を呼び出すようなものだと思っていたのだ。
花菜たちが出した生き物は明らかに地球上の動物ではない。だが獣という呼称が確かにしっくりくる。
“なるほど。確かに隷獣って言われるの、人型のルシファーからしたら屈辱か”
ここで妙にすとんとあの時のルシファーの言動に納得がいった。だからといって初対面の人間に無礼を働いてよいということにはならないが。
「どう、どう? うちのテディ可愛いでしょ! こんな厳つい顔してちょー甘えんぼだからね! でかいスーパーで買ったテディベア思い出すんだー」
沙耶に問いかけながらテディに抱きつく花菜。抱きつかれるとテディが嬉しそうに鳴いた。
「えぇーっと、何ていうかめちゃ獣だな、と。その、彼らは喋らないんですか?」
戸惑うように首を傾げる沙耶。花菜が破顔して笑った。
「あはは! 通じあってるとは思うけど、さすがに日本語は喋んないぜー。なになに、沙耶ちゃんとこのはお喋りすんの?」
花菜は冗談めかしてそう言うが、困惑したまま沙耶は頷いた。
「ええと、はい。うちの人型なんで普通にペラペラ喋りますね。あの、隷獣のこととか契約のこととかは、その彼から聞きました。ここも彼に連れてきてもらったんですが、人が多いのは嫌だと言ってついて来てくれなくて……」
俯き、躊躇うように口に出した沙耶だったが、顔を上げるとびくりと体を強張らせた。
先程まで陽気に笑っていた花菜が笑みを消し、真剣な表情でこちらを見つめている。藤田も驚愕に満ちた顔で固まっている。
「それ、ほんと? 沙耶ちゃん」
花菜の声は固く、おどけた様子は一切見られない。沙耶はその様子に気圧され、慌てて首を縦に振る。
「私たちは「何かを得るには魔結晶が必要で、それを得るには契約した隷獣を使って魔物を倒せ」ということくらいしかウケたちから聞き出せませんでした。基本彼女たちは何も答えてはくれませんから。でも藤原さんの隷獣が、そこまで会話が可能ならそれ以上のことが聞けるかもしれない」
藤田の言う通りだ。定型文しか返さない、まるで機械のようなウケよりも、傲岸不遜な、そしてそういう性格だとわかるほどに会話の成り立つルシファーからのほうがよほど情報は得られるはずなのだ。
てっきり皆自分の隷獣から情報を聞いていたと思っていた沙耶だったが、ことの重大さが跳ね上がったのをしっかと感じた。
今は誰もが、この世界に喚び出された全ての人間が情報を欲しているのだ。だが現状それらを得られる術は見当たらない。沙耶のルシファーを除いて。
花菜が走り寄り、息を呑む沙耶の手を握りしめた。
「沙耶ちゃん! お願い、沙耶ちゃんの隷獣に会わせて! 何か、何かわかるかもしれない!」
そう懇願する花菜の顔に、先程までの笑顔はない。今にも泣き出しそうな顔で、震える手で沙耶を掴んでいる。陽気に振る舞う彼女も不安だったのだ。
「私の……私の隷獣は今向こうの丘の上で私を待っているはずです。ついて来てくれますか」
そう沙耶が言うと、強張った花菜の表情が少し安心したように緩んだ。
「そうしたら他の人も連れてったほうがいいかな」
声が明るくなった花菜が藤田を振り返る。藤田は困ったように眉根を寄せた。
「ううん、いや、いえ、あまりたくさんの人数は避けたほうがいいでしょう。収集がつかなくなりますし、混乱も生じます。ああ、でも袴田君は連れて行ったほうがいいかもしれませんね。一番この状況に理解があるようでしたし」
「あー、ひでっちね。確かに、ウケちゃんたちから何だかんだ聞き出したのひでっちだしね。あ、袴田英樹ってーの。だからひでっちね」
そう言うと藤田がその英樹という者を連れに一旦ショッピングセンターに戻った。
何でもその英樹という男は召喚されてすぐ、周囲の人々が混乱している最中に「これは異世界召喚である」と言い切ったという。藤田を待つ間、花菜が沙耶にそう説明していた。沙耶も今までのこと、どうやってここまで来たのかということを話し出した。




