127
「うわっと」
「それなら魔素量調整の訓練に使えるはずだ。決まった魔素量を流し込むことで発光するよう刻んだ。多すぎても少なすぎても発動しない。それを連続で発動できるようになれば、己の意思で魔素を扱えるようになったと言えるはずだ」
そう言うとルシファーはもう一つの魔結晶に同じように何かを刻み、それを竜巳へと投げつけた。竜巳はそれを片手で受け取ると、じっと疑わしげな目で眺める。
「そりゃ凄いが……結局何なんだ、その刻式ってのは」
「そうだよ。刻式って結界を張る行為のことじゃないの」
魔結晶を手の中で転がしながら、竜巳と沙耶がルシファーに問い掛ける。ルシファーは一瞬面倒そうに眉を潜めたが、諦めたように頭をかいた。
「説明したところで……お前ら「わかりづらい」と文句言うだろうが。ならそいつに聞けばいいだろ。あいつだって知ってる」
ルシファーは顎をしゃくり上げるようにしてミカエルを指した。お鉢が回ってくるとは思っていなかったのか、ミカエルが今気付いたように顔を上げた。
「いや、あいつもあいつでなぁ」
竜巳が困り顔で天を仰ぐ。同じように頭を抱えていた沙耶が唸る。
「何ていうか……ルシファーは数学の問題で途中式をすっ飛ばして答えだけ書いちゃう感じで、ミカは数字で答えてほしいのに文章で書いちゃう感じなんだよなあ」
「ああ、まあ、そんな感じだな。俺たちが欲しいのは要点をまとめた報告書であって、言葉足らずな答案でも修辞法を凝らした詩歌でもない。……よし、お前たちも訓練だ。ルシファーは結論を最初から言うんじゃなくてまずはその結論に至るまでの道筋も話すように、ミカは結論だけ言うよう心掛けて説明してみてくれ」
竜巳が指を鳴らす。
ルシファーはあからさまに嫌な顔を浮かべ、ミカはよくわかっていないような腑に落ちてない表情で頷いた。
「で、だ。それを踏まえて刻式とやらについて教えてくれないか」
ルシファーとミカエルが顔を見合わせると、すっとミカエルが目を瞑った。「先にお前が話せ」ということなのだろう。ルシファーが舌打ちをした。
「あー……道筋、道筋か。どっから言やあいいんだか……。そうだな、刻式ってのは魔導式を外部化したものだ」
沙耶が無言で挙手をした。
「やり直しを要求します」
「もう二段階前くらいからな」
竜巳が続ける。ルシファーは面食らったように渋面を浮かべるが、俯いて再度考え込むと、顔を上げた。
「俺たちは魔素を望む事象へと変換させる。その為には人間で言うとこのプログラミングのようなもんが必要だ。それを「魔素を導く式」という意味で魔導式という」
「お、いいよいいよ。いい出だしだよ」
「なるほどな。やりゃあ出来るじゃないか。で?」
「わかったんなら黙って聞け」
茶々を入れる二人を睨みつけて牽制する。だが褒められて悪い気はしていないようだ。仏頂面の中に少し照れが入っているのだと沙耶は気付いていた。
「それがあれば雷を起こすことも、大量の水を生み出すこともできるが、逆にどんなに些細な、例えば微風を起こす、程度のことすらも魔導式を刻まないと発現させることは出来ない。この魔導式が魔結晶に刻まれて初めて己の手足の如く魔素を望む形に発現出来る」
そう言ってルシファーは指先から小さな炎を出した。
沙耶が再び「はい」と言って手を上げた。
「何だ」
「質問よろしいでしょうか」
「許可を得ての質問なら許す」
「望む形に発現……とのことですが、何か呪文等は不要なのでしょうか。魔法等でよく見受けられる詠唱のような」
「その話し方気に入ったのか? それと魔法じゃねえって言ってるだろ。魔導式ってのは刻まれると、自分の身体を動かす如く使えるようになるものなんだ。魔法使いは杖を振る程度の行為にわざわざ長ったらしい呪文を唱えるのか?」
「う……唱えないけど」
少し期待していたような沙耶がぐっと口をつぐむ。高らかに詩的な言葉を謳い上げることに憧れがあったのだろうか。
それを察したルシファーが呆れ顔を浮かべる。
竜巳が口を開いた。
「その話だと魔素を変換するには魔導式を魔結晶に刻む必要があるのだろう。お前たちはそういう魔結晶を持っているってことか」
「持っているといえば、持っているな」
その問いにルシファーが言葉を含ませた。竜巳も沙耶もその含まれる意味を読み取ることが出来ない。
「……? どういう……」
「生命の台座であり維持機関である心臓、それこそが魔結晶だ」
黙って聞いていたミカエルが淡々と答えた。思わずいつもの修辞的で意味の捉えづらい言葉かと身構えたが、反芻してみればその言は確かに結論を述べていた。
「えっ! 心臓が?」
「そうだ。私たちの体内には魔結晶があり、それが己の魂の依代となり、魔導式が刻まれる。我ら天族と魔族、そしてお前たち人間との一番の違いはここだ」
ミカエルの説明を受け、驚いたようにルシファーを、正確には人間なら心臓がある辺りを凝視する沙耶。もちろん透けて見えるなどということはないが、その視線の先にあるのが温かく脈打つ臓器ではなく、冷たく硬い結晶だなどとは、なかなか信じ難いことであった。




