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「なあ、ならば俺はどうなのだ」
「……あ?」
沁み入るような空気の中、その空気を無遠慮に破るようにして竜巳が声を上げた。天照が顔を顰めて竜巳へと振り返った。
「沙耶の魔素量が凄いのはわかった。ならば俺はどうなのだ。俺だって魔素量が切れて結構な目に遭っているぞ。俺だって己を大事にしたいではないか」
「図々しい男じゃのう。せっかく儂と沙耶がいい感じな雰囲気だったのにぶち壊しじゃ。……ふん、お主もそこそこ異常値じゃぞ。よかったな」
「良いという文脈ではないが、ないよりはいい」
顎に手を添え、得意気ににやりと笑う竜巳だったが、すぐに真剣な表情に変わった。
「となるとやはり魔素を枯渇させるという方法は、リスクはあれど一定の効果を発揮しているということにならないか。ミカたちの話を聞いた感じ、あいつらが本気を出して戦うにはそれでも俺たちの魔素量は足りてないようだ。ならば多少無理はしてでも魔素量の増強を図ることには必要性を感じるが」
沙耶が窺うように顔を上げた。
天照の言う魔素管理が出来ていないことが責任の放棄になっていることは理解するが、竜巳の意見に同意でもある。実際沙耶は倒れるまで魔素を使い切るようになってから魔素量の上昇幅が大きくなっているのを感じているのだ。
天照がじとりと竜巳を睨めつけた。
「それはお主らがそんな無茶をしてそして偶々生き残っただけに過ぎん。何度も言うが魔素を切らすというのは自殺行為に等しい。確かに、魔素は使った後、その回復時に強化が成される。人間の行動で例えるなら、あれじゃ、ええと筋トレとか言うやつが近い。あれは確かまず筋肉に負荷をかけ筋組織を破壊し、回復する過程での筋肥大で筋力が増強される、といったことじゃろう。まあ、魔素もだいたいそんな感じじゃ。だが一般人は魔素をある程度消費すると身体がそれ以上魔素を使うことのないよう「ここが限界である」と脳が指示を出し、魔素を使わんようになる為その分伸び代は少ない。だが、だからといってお主らのように毎回毎回壊れる程の破壊など続けておれば、いずれ本当に壊れて回復すらしなくなる。闇雲にやればいいというものではなく、極限を見極めよ、ということじゃ」
「極限ねえ」
「でも姉様、それはどうやれば見極められるようになるのですか」
沙耶の問い掛けに天照が少し考え込むような仕草をすると、何か思いついたように指を立てた。
「ふむ。方法は色々とあるが……ま、魔素の扱いを向上させるのが基本じゃな。己の魔素がどう生まれてどう流れ、どう消費されるのかを感じ取れるようになること。それが出来るようになれば、隷獣へ与える魔素を己で制限出来るようになる。が、これは並大抵のことでは出来ぬ。血液がどうやって体内を流れ巡っているのかを知識でなく感覚でわかるようになれ、と言っているようなものじゃからな」
天照の言葉に沙耶も竜巳も思わず顔を顰めた。天照の言う通りそれは途方もなく、そもそも出来るようになる想像がつかない。
「それまでは安牌なところで隷獣に魔素を使わせるのをやめさせればよい。通常なら身体のほうで無意識下に制限がかかるものじゃが、お主らは枯渇状態になることが多すぎてその堰が壊れとる。精々己の隷獣と話し合うことじゃ。折角言葉が通じるんだしの」
魔素の使い方を懇切丁寧に教えてくれる己の隷獣の想像がつかず、渋面を浮かべる二人。その二人を見て天照がいたずらっぽく笑みを浮かべた
「そうさの、この程度が出来ん奴らに儂が情報を開示することはない。精進せよ」
ルシファーはこの空間を出てから一日も経たずに圭吾を連れて戻ってきた。圭吾は説明もそこそこに突如連れてこられたことにも、突然異空間に入り込んだことにも、沙耶の他にも見知らぬ人が増えていることにも何もかもに驚いていた。
沙耶は何度も陳謝すると、改めて圭吾をこの場所へ連れてきた事情を説明した。
「なるほどね……。話の流れはわかったよ。色々とまだ理解は追いついていない感じがするけど」
「ほんとにいきなりごめんね、圭ちゃん。私、服とかに詳しいって圭ちゃんしか思いつかなくって」
「まあ、そう言ってもらえるのは嬉しいけどさ―」
「別にいいだろ。どうせ暇だったんじゃねえのか。そんな格好してるくらいだし」
悪びれる素振りの一切ないルシファーが圭吾の服を指差す。
圭吾が着ているのは、白いレースのフリルが所々にあしらわれた、黒色の布地でできた丈の短いワンピース。所謂メイド服というものだった。ご丁寧にドレスの意匠に合わせたヘッドドレスまでついている。
「そんな格好だなんて随分な物言いじゃないか」
「可愛いねえ、よく似合ってる。ウケってばそんな服も用意してるんだね」
ルシファーの言葉に頬を膨らませていた圭吾だったが、沙耶の感嘆の声に得意気に鼻を鳴らした。
「ふふーん。実はこれウケから交換した服を何着かバラして自分で作ったんだー。なかなか上手く出来たと思うんだよね」
「ほう、それは興味深い」
「わっ」
沙耶たちが話していたのを遠巻きに見ていた天照が、すっと話に割り込んできた。圭吾は初対面の人間とも気安い質ではあるが、流石に神と呼ばれる存在とはそうもいかない。距離感を掴みかねているようだ。
だが天照はそんなことなど意にも介さず、じっくりと圭吾の姿を頭の上から爪先までじっくりと眺め回し、何か考え込むと圭吾に声を掛けた。
「まあよいか。お主、ついて参れ。意見を述べよ」
「えっ、あ、はい」
戸惑い沙耶へと振り返る圭吾。沙耶はこくこくと頷き、ついていくよう促す。圭吾も頷き返し、小走りで既に歩き出していた天照の後を追った。
その二人の背中を見送った沙耶たちに、近くでその様子を窺っていた竜巳が近付いてきた。
「何だ、女好きの割に随分とあっさりした対応だな。てっきり沙耶の時と同じように「ウイウイ!」とか言って熱い抱擁でもするのかと思ったが」
「あー、言われてみれば確かに? でもそしたら姉様はわかってたんだろうね、圭ちゃんが男の子だって」
「なるほどな……って、何だって!? 男!? 今のメイドがか!」
大声を出し驚愕する竜巳。よく見れば竜巳の後ろに立つミカエルも目を丸くして静かに驚いている。
見慣れた光景だ。沙耶は驚きもなく頷いて肯定し、ルシファーは怪訝な表情を浮かべた。
「わかるだろ、普通」
「わかるか!」
「圭ちゃん可愛いもんねー」
「……そういう問題か?」
がくりと項垂れる竜巳に、沙耶も不思議そうに首を傾げるのだった。




