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となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第十一章:邂逅
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ルシファーはこの感覚を知っていた。


全く同じというわけではないが、身に覚えがある。

そう、他人によって強制的に己の場所を空間ごと飛ばされる、あの不快極まる感覚だ。


それがまさに今起こった。


再びその経験をされられたことは、この際もういい。

だが。


「沙耶!」


ルシファーは何もない空間に向かって叫んでいた。


その声に竜巳とミカエルが振り返る。しかしそれだけだ。ここにはルシファー、竜巳、ミカエルという存在を除いて、何もかもが存在していなかった。

水面のような果ての見えない地平が広がり、夜とも昼ともつかない色をした空がどこまでも続いていて、見つめ続けると眩暈がしそうだ。


その異様な空間の中、沙耶の魔素が感じられない。沙耶が抱いていたユキの気配もだ。沙耶と別行動をしていた時ですら、行方がわからずとも薄っすらと感じ取れていた気配が今は一切わからない。恐らく自分たちと同様に何者かによって異空間に飛ばされたのだろう。

わざわざ沙耶とユキだけ別の空間に。


「おい。沙耶の姿が見えんが、どこに行った」

「そんなもん俺が知りたい。全く気配が感じられねえ。たぶん俺らとはまた別の空間に飛ばされたはずだ」

「誰がそんなことを」

「だから、知るか!」


声を荒げるルシファーに、竜巳が気圧される。その竜巳の肩をミカエルが叩いた。


「奴がああなるのも無理はない。隷獣は主と引き離されると不安感に襲われる。離れるということは即ち契約の基本である「主を守る」ということが出来なくなるからな」


竜巳は「そうか」と答えると、ルシファーの近くから離れた。このままでは荒れるルシファーの巻き添えを食らいかねない。


“だが、あの反応はそれだけか?”


肩をすくめた竜巳はミカエルに向き直った。


「ミカ、お前は何かわからんか」

「奴にわからないなら私にはさっぱりだ。だが何というか……前に一度お前に無理矢理指輪の中に戻されたことがあったろう」

「ああ、隷属契約だと隷獣は指輪に戻るって聞いてたのに、お前が一度も戻らんからな。興味あるだろう」

「私にはない。ここは……あの指輪に戻った時の感覚、あれに似ているような気がする。微睡の中にいるような、世から隔絶されたような、そんな心地がする」

「う、ん……? 相変わらずよくわからんな」


顎をさすりながら周囲を見渡す竜巳。

見れば見る程現実感のない空間だ。明らかに先程までいた場所とは違うことはわかる。突然異空間に飛ばされたことは大きな問題にも見えるが、既にこの幻視界という異界に飛ばされているのだ。今更そんなことは大した問題ではないように感じた。


だが問題はその空間において沙耶だけが別空間に飛ばされたことだ。その行為には明らかに意図がある。こんな突飛のないことを、何かしらの意図をもって行う彼だか彼女だかは、おそらく碌な奴ではない。


ルシファーは相変わらず、触れれば傷つけられそうな程刺々しい圧を放ち、それでもなお意識を落ち着かせて気配を読み解こうとしている。ミカエルが何もわからないとなった今では、ルシファーが何かを探り当てるのを待つしかないのだろう。


と思っていた矢先、轟音と衝撃がすぐ隣から襲ってきた。

驚き、振り返るとミカエルが煙を上げる拳を地面に叩きつけていた。


「ミカ、お前何をやってんだ」


ルシファーも怪訝な目でこちらを見ている。ミカエルは二人から奇異の目を向けられていることなど気にすることなく、叩きつけた拳を開いたり閉じたりして調子を確かめている。


「ここに飛ばされる前、私たちはあの場で暴れ回っただろう。ならばあの行動がこの行為の主に届いたということだ。ならばまた同じような衝撃をこの空間に与えれば、再び何かしらの反応があるのではないか」

「いや、まあ、そうかもしれんが……って、うお」


口ごもる竜巳だったが、今度は背後から背を突き飛ばすような風圧が飛んできた。見ればルシファーが巨大な竜巻を発生させている。


「今はその脳筋の発想に賛成だ。可能性があるなら何でもやってやる」


そう言うなり、ルシファーは続けていくつもの雷を落とし始めた。それを見ていたミカエルが負けじと地面を何度も殴りだす。四方八方から衝撃波が飛んできては竜巳の服や髪を巻き上げる。


「おい。お前ら、ちったあ加減しろ。というか俺のことも慮れ。つーかこんだけやるとそろそろ俺も、どこぞかにいる沙耶もやばいんじゃないのか」


遠い目をする竜巳の言葉が聞こえているのかいないのか、二人の隷獣たちは思いつく限りのあらゆる手段でこの空間に攻撃をしかけ続ける。


それがどれ程続いただろうか、竜巳が徐々に大きくなり始めた頭痛を感じ始めた頃、ぐにゃりと竜巳たちの周囲の空間が捻じれた。

地面と空とが混じり合い、境目が曖昧になる。このまま身体ごと捻じれてしまうかと思われたが、そうなることはなく、気付けば三人は更に見覚えのない場所に立っていた。


歪んだ視界もぱたりと正常に戻った為、その差異で竜巳がふらつく。


「次から次へと何なんだ、全く」


頭を振って視線を走らせる竜巳。見れば眼前には朱塗りの大きな建物が広がり、その建物の下には水が満ち満ちている。だというのに、それ以外の景色、建物の周囲は何もない。先程までいた空間同様に、明るいような暗いような判別のつかない色の虚無がそこには広がっていた。


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