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となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第十章:「あの時はこんな付き合いになるなんて思いもしなかったんだ」
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あらゆる情報が乱雑に書き込まれた紙を前にして頭を抱え込む竜巳から、沙耶が気の毒そうに目を逸らした。


「まさか……ここまで……ここまで何も知らないとは」


竜巳には天族のミカエルがいるのだ。沙耶は共通認識の再確認程度の気持ちで話し始めたのだが、のっけから驚愕の声を上げる竜巳に、話は殆ど沙耶からの一方通行となっていた。

竜巳は「人間たちは誰かによってこの世界に召喚されたということ」も「この世界が地界と呼ばれている」ことすらも知らなかったのだ。

ルシファーが呆れ顔で鼻を鳴らした。


竜巳は振りかぶるように勢いよく顔をあげると、背後で黙って聞いていたミカエルへと振り返る。


「ミカお前、なんっも知らんじゃないか! 沙耶からの話で唯一知ってたことはウケから聞いたか、こっちに来て俺が推論したことばかりだぞ」

「仕方ないだろう。私はお前に呼ばれるまでずっと戦い続けていたのだから」


言い募る竜巳に、ミカエルは淡々と返す。竜巳が何か思い出したように唸った。


「ああ……まあ、そういえば、そうだが」

「……どういうこと?」


苦虫を噛み潰したような顔をする竜巳に、沙耶が首を傾げる。


「こいつは俺がこっちで土砂崩れに巻き込まれかけた時に初めて出てきたんだが、出てきた瞬間から既にボロ雑巾のように死に体でな。土砂だけは吹っ飛ばしてくれてその場は何とかなったが、結局俺がこいつを引っ張ってって、その後は看病までする羽目になったんだ。俺も魔素切れでぶっ倒れてたっつーのに、何がなんだかわからん状況下であれは大変だった」


隷属契約の契機は、主となる人間が命の危機を感じることだ。それを救うために隷獣となるものが呼び出される。その救いに来たはずの隷獣が瀕死では元も子もない。

沙耶はもし自分が竜巳と同じ状況だったらと想像し、ぞっと身震いをした。


「本来魔物を倒すのは天族の役目だが、それが滞っているせいで人間が召喚されたのでは、とさっき言っていたな。ミカ曰く、俺が呼び出した頃にはもう殆ど動ける天族は残っておらず、こいつだけが戦い続けていたらしい。短期間でこの一連の事態が起こったのならば、まあこいつが知らんのも無理はないかもしれん」

「え、え? じゃあ今天界は大丈夫なの。もう誰も動ける人がいないんでしょう」

「それはミカもずっと気にしていたが、こいつも天界への戻り方がわからんのだ。ルシファーは何か知らんのか」


声を掛けられたルシファーは首の後ろで手を組み、興味なさげに答えた。


「はっ、知らんな。魔界と天界とはもう長らく没交渉だったんだ。俺はてっきり天族どもがボイコットしたんだと思っていたくらいだ」

「何……」


ミカエルがルシファーの言葉に気色ばみ、がたりと音を立てて立ち上がりかけた。それに気付いた沙耶が咄嗟にルシファーへ体ごとぶつかり、押し倒した。


「んぐ」

「おおっと失礼! 続けて!」

「お前ら仲いいなあ。じゃあ続けるが……これまでの話と俺の知っている情報、つっても天族の状況くらいしか知らんかったわけだが、それらから推察するに……この一連の事態を引き起こした張本人は魔族の奴らだろ」

「……!」


沙耶がルシファーの上に乗ったまま、息を呑んだ。それは沙耶も竜巳から天族の話を聞いたときからぼんやりとそう感じていた。

竜巳が顎に手を当てて続ける。


「今この幻視界に人間が何人いるんだか知らんが、数百人ばかじゃないはずだ。それだけの大人数を、かなり高度だという召喚術で呼び出す、そんな余力は天族にはなかったはずだ。それにミカは地界という名も隷属契約の詳細も知らなかった。だがミカは天界では結構上の位についていたというのに、そのミカが知らない。いくら没交渉だったとはいえ、地界という存在自体知らんというのは流石に異常だ。となれば考えられるのは、地界は天族には秘匿されていた、ということだろう。ミカの口ぶりからするにルシファー、お前は魔族内でも高位の存在だろう。……まだ何か話してないことがあるんじゃないか」


沙耶を抱えて起き上がったルシファーを、竜巳がまっすぐと見据える。沙耶は不安げにルシファーを見上げた。


「……何を期待しているかは知らんが、俺はこの事態に対してこれ以上は何も知らん。……だが、先程も言ったように俺は天族どもの近況は知らなかった。だが」


つと竜巳から視線をぐるりと動かすと、ルシファーが小さく溜め息をついた。


「地界に関して言えば、一点」

「ほう」

「言っておくが別に地界の存在は天族に秘匿なんぞされていない。ただ天族の大半が知れる状況下で造られたものじゃなかったってだけだ」

「造る……?」


驚いたように沙耶が言葉を繰り返した。ルシファーは沙耶に視線を落とし、そして竜巳へと向けた。


「ここ地界は天界の受け皿だ。杯から溢れた水を貯める皿。それが地界だ。その為にここは造られた」


ルシファーの言葉に息を呑む沙耶。

世界を、造るとは。


「天界での魔物討伐が滞るようになって、魔物が溢れかけていた。それを一時的に逃がす目的で造られたと聞いている。だが俺は所詮聞いただけだ、誰が造ったかは知らん」

「その聞いたという相手は誰だ」


竜巳が間髪入れずに問う。ルシファーが肩をすくめた。


「魔界のクソ真面目な連中共だ。天界から魔素が来ない、魔物が討伐されていない、つって随分と騒いでたみたいだからな。ま、俺は興味なかったからそいつらとは関わってねえが」


辟易したように手を振るルシファーだったが、そのルシファーの肩を沙耶が力いっぱい掴んだ。


「ちょっと、待て。てことは何、あんたってば魔界内でも高位で上の立場だったってのに、サボってたってこと……?」

「は、沙耶?」

「ざ……ざんけんなー! そういう上の人間がサボるから下の人間にあれやこれやと皺寄せがくるんじゃー!」


悲痛な顔で叫ぶ沙耶が、がくがくとルシファーの肩を掴んで揺らす。

竜巳が憐憫の目を沙耶に向けた。


「学生だってのに、随分と社会人じみた怨念の籠もった叫びだな。何のトラウマを刺激した」


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