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となりの世界の放浪者たち  作者: 空閑 睡人
第九章:佳景に潜むもの
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「ならここを避けていけば追っかけてはこないってことね」


拍子抜けしたように沙耶が肩の力を抜いた。

攻撃が一切効かない相手など、どうやって倒すのかと気を揉んでいたが、襲ってこないなら無理に戦う必要もない。すっきりとはしないが、こういう相手もいるだろう。


そう沙耶は思っていた。

思ってはいたが、そうはいかないこともわかっていた。


「は、何言ってやがる。この俺がここまでコケにされてみすみす見逃すはずねえだろ」

「……ですよねー」

「全ての攻撃を防ぐっつーのはほぼ正解だ。だが完全に正解じゃない。正しくは、元々奴へのダメージにならない水はあの刻式で遮断していない」


はっとする沙耶。

思い返せば炎などの攻撃は見えない壁に阻まれているかのように当たることなく消えてしまっていたが、魔物は水だけは触れていた。魚故に水まで遮断しては乾いてしまうからか、効果が元々ないから防ぐ必要がなかったからなのかは不明だが、肝心な事は、水は当たるということだ。


「奴を倒すには穴ぐらから引きずり出す必要がある。水は遮断されない。ならこうするまでだ!」


そう言うとルシファーは魔物の下に大きな水を出現させた。球ではなく、薄く広く伸びた円形の水だ。魚の下に滑り込まされた平たい円状のもの。その光景には見覚えがあった。


「あ、これ」

「金魚掬いだ!」


ルシファーが指を振る。するとまるでポイのような水盆が魔物を載せて持ち上がった。魔物は予想外の出来事に暴れ回るが、水盆の上から逃げ出す前にルシファーが一気に掬い上げた。


「おお、ルシファーうまい」

「当然」


ルシファーが得意げに口角を上げる。


“こいつ、祭りの屋台ではしゃぐタイプだったのか”


意外なものを見る目でルシファーを見上げていた沙耶。そして突如として穴から引っ張り出された魔物は、まさに釣り上げられたばかりの魚の如く、慌てふためき、穴の中へ逃げ出そうと暴れる。だがそれを許すルシファーではない。


「もうお前を守る障壁は張れねえだろ。さあ、料理の時間だ。せいぜい立派な焼き魚になるんだな」


そう言ってルシファーが指を弾くと、魔物の全身が一気に炎に包まれた。巨大な火球のようになりながら轟轟と燃えていく魔物は耳障りな断末魔を上げる。体をよじり、身悶えするように暴れ回る魔物だったが、鳴き声が弱まるに連れて次第にその動きが緩慢になり、そして最後には動かなくなったと思うと、一気に体が炭化した。黒々とした動かぬ炭と化した魔物は穴の底から吹き上げる風に煽られると、尾の箇所からぼろりと崩れ、そのまま連鎖的に全身が崩壊していった。そして最後には細かい粒子となって消えていったのだった。


「ふん、焼き魚にもなれねえのか」


魔物が完全に消え去ったのを確認すると、ルシファーは魔物を載せていた水盆の上空へと移動した。そして水の中から手のひら程の大きさの魔結晶を拾い上げた。


「……やっぱり大したことねえ結晶だ。あんな高等な刻式とは釣り合わん。ほれ、沙耶。……あ?」


ルシファーが魔結晶を渡そうとすると、沙耶はルシファーにしがみついて蒼白な顔をして震えていた。表情は苦悶に歪んでいる。


「うう……気持ち悪い……」

「はあ!? またか! さっきまで平気そうだったろうが」

「なんか、凄いことやってるから……見惚れて平気かなって思って、たんだけど……う、やっぱ……」


震える小声で喋っていた沙耶だったが、最後まで言い切ることも出来ず、目を瞑って耐え始めた。これは喋る余裕すらなくなった時の行動だ。


「だあ、くそ! わかったわかった、すぐに戻るから俺の腕の中で戻すなよ」


そう言って飛び立とうとしたルシファーだったが、水盆の上にきらりと光るものを見つけ、ふと止まった。

だが沙耶のうめき声が聞こえて、ルシファーはそれが何かよくよく確認する前に拾い上げると、すぐさまその場を立ち去った。


「これは……銀環か?」


陸地を目指して飛びながらルシファーがひとりごちた。

先程拾い上げたそれは、すっぽりと頭からかぶれてしまいそうな程の大きさで、平らに伸ばされた銀の板をくるりと輪にしたような作りの、これといった意匠もない単純なものだった。

だが明らかに人為的なものだった。何より、そこからは確かに組み込まれた刻式の気配がしていた。眉をひそめるルシファーだったが、腕の中の沙耶に限界が近いことを察し、銀環を投げ捨ててそのまま飛び去った。


ルシファーが離れると上空にぽかりと浮かんだ水盆はさあっと崩れてただの水となり、そのまま穴の底へと吸い込まれるように落ちていった。


結局その後沙耶は本格的に体調を崩し、ルシファーは慣れない看病をする羽目になった。今までは誰かしら人間が傍にいたので、看病などということは全て人間が済ませていたのだが、今はルシファーとユキしかいない。一瞬圭吾たちのいる拠点へ戻ることも頭をよぎったが、怒涛の勢いで罵られる想像しかつかず、結局穴を通り過ぎた先にあった島に降り、そこでルシファーが面倒を見ることになった。


そして沙耶が動けるようになったのは、魚の魔物との戦いから三日過ぎてからだった。


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