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「ああ、そうだ。 ぼくはこういうやつなんだ。」

作者: 彼は誰時

初投稿です。気軽にお読みください。

ある日、僕は物置の奥にある埃にまみれた木箱の中から、古びたハーモニカを手に取った。


父さんにその鈍い銀色の長方形を見せると、「そんな場所にあったのか」と一言呟いた。そして若い頃に母さんからプレゼントされ、時々吹いていたがいつしか所在が分からなくなっていた事を話してくれた。


「あん時はピカピカだったんだぜ」と言いながら、父さんは僕にハーモニカを手渡した。


僕が貰ってもいいかと聞くと、「吹いても鳴らんかもしれんぞ」と前置きをした上で了承してくれた。


父さんが言った通り、息を吹き込んでも音は鳴らなかったので、自分の部屋に飾ることにした。学校の休日に宿題だの家事手伝いだのが終わると、僕は飽きもせず鈍い銀色を眺めていた。


すると誕生日の前日に、父さんが楽器屋に連れてきてくれて、

「どれが欲しい?」と初心者用のハーモニカをいくつか指さした。空色のハーモニカを指さすと、父さんはにっこり笑ってそれを買った。


父さんと楽器屋にいった翌日、

「他の人の迷惑にならんようにな」と言いながら、そのハーモニカを手渡してくれた。それから、父さんが持っていたハーモニカを眺める時間はすっかり減った。代わりに近所の川の畔の樹で、 僕はハーモニカの練習をするようになった。


今日もいつも通りに、鈍い銀色のハーモニカの横に置いてある、空色のハーモニカを手に取り、 宿題が終わっていることを確認し母さんに行先を告げて、いつもの人気のない練習場所に行った。


練習を続けている内に沈み始める夕日に気づき、今日の練習時間が終わったことを知った。そして、ハーモニカが入っていた箱を見つけたときのことを思い出しながら、ぼくは家に帰った。








 あの時、クラスの男子の間では昆虫の標本採集が流行していた。誰も彼もが放課後に学校近くの山に入り浸り、自分の標本箱を豪華にすることに心血を注いでいた。

 ぼくも例に漏れず、母さんから学業の心配をされながらも、蟲を捕まえては針を刺し、物置から取り出したボール紙の標本箱にコレクションを納めていた。その中でもぼく以外持っている人間のいないモノサシトンボの標本は一番好きだった。

ただ蟲の種類も作成キットの質も周りよりずっと見劣りしたから、他人に自慢するということはしなかった。それでも、いつか山にいるという噂しか聞かない虹色のタマムシなどが欲しいと思いながら収集を続けていた。


 ピンキリはあるにせよ、誰もが同じようなコレクションを集めていた中、頭角を現したのは、ぼくの近所に引っ越してきた転校生だった。


 転校当初、日に焼けて声が大きく腕白な男子の間で、彼はしばしば「お姫様」と呼ばれてた。 なにせ、肌は雪のように真っ白で、クラスの誰よりも頭の回転が速く、その上性格は温厚で女子や先生方からの覚えが良かったのだ。さらに放課後に遊びに誘っても、「習い事がありますので」と彼はさっさと帰ってしまった。


 彼は実際に「お姫様」と呼ばれても一切応答することがなく、正しい名前で呼ばれるまで無視を決め込んだ。 後に彼から話を聞くと「別の人を呼んでいるかあるいはイマジナリーフレンドの類かと思っていました」とのことだった。そんな調子だったから、彼とクラスの男子の仲はあまり良くなかった。




 そんなある日曜日、 ぼくは友人の昆虫採集を手伝いに山に向かい、そこで昆虫採集の道具をいくつも持った背の高い男を見かけた。


「ぼく達のように蟲を集める大人もいるのだな」と少し驚いた。


 だがその驚きが次の瞬間消し飛んだ。なんと、遊びとは無縁と思われた彼がその男と談笑していたのだ。その男の顔に彼の面影があることから、親子連れで昆虫採集をしていることに気づいた。


 友人は咄嗟に彼に声をかけた。彼はこちらに気づくと軽く会釈を返した。彼は、殺虫管や吸虫管などの本格的な標本作成のための道具を持っていた。


「お前、蟲を集めるんか?」と友人は聞いた。


「はい。今日が初めてです」と彼は笑顔で返した。そして自分の父親にぼく達のことを紹介すると、次のことを話してくれた。


1.父親の趣味が標本採集であること

2.彼も標本採集に興味があったこと

3.日曜日は習い事がないこと

4.これまで家の周辺に子供が昆虫採集するのに向いた山がなかったこと


 そして、彼はこう聞いてきた。

「もしや貴方も蟲を集めているのですか?」


 友人が肯定すると、次の日曜日に彼の父親の標本を見に来ないかと誘ってきた。

「北海道で採った標本や沖縄で採った標本まであるんですよ!」と自分のことのように誇らしげにいった。




 そして、次の日曜日にぼく達は彼の家に招かれた。


 彼の父親のコレクションルームには、カブトムシ、クワガタムシ、チョウ、ハチなどの蟲の標本が所狭しと並んでいた。部屋の隅に瓶が置いてあったので近寄ってみるとクモがアルコール漬けにされていた。そしてぼく達のような子供が作成した標本とは違って、キチンとラベルが貼られていた。

 彼はもう一つのコレクションルームにも案内してくれた。そこには国外で採られた標本が並んでいた。 そして友人が採集者の名前がそれぞれ違うことに気づいた。そのことを彼に尋ねると、父親の友人が国外で採った標本と父親の標本を交換して得られたものであることを教えてくれた。


 交換した標本のコレクションルームから出ると、ぼくは彼が初めての標本採集を先週終えたことを思い出し、その戦利品について聞いた。彼は一瞬眼をそらすとこういった。


「まだ拙いものですが見られますか?」


 ぼく達は彼の部屋に向かった。


 彼の部屋の棚には、標本箱が一つと標本作成の道具が並んでいた。




 ぼくはその標本を見た瞬間に胸に針が刺さったような感覚を覚えた。




 ぼくのコレクションの中で一番のお気に入りのモノサシトンボがそこにあったのだ。それもぼくのものよりも質の良い状態で鎮座していたのだ。




「ミヤマクワガタじゃん! やべえ!」という友人の驚愕の声もどこか遠くに聞こえる。


 その後、どんな会話をしたかはよく覚えていない。気づいたら月曜日の朝を迎えていた。


 彼はたちまち人気者になった。友人は彼の初採集のあまりの成果と父親譲りの技術の高さを喧伝した。 さらに彼は日曜日限定で昆虫採集に参加するようになった。




 そして彼がタマムシを捕まえて標本にし、「お姫様」と呼ぶものがいなくなってからしばらくして、ぼくは念願だったタマムシを捕まえた。


 そのときぼくはつい歓声を上げたが、彼がタマムシを捕まえたと聞いたときのこと、標本を撮影した写真を見たときのことを一度眼を瞑って思い出した。




 タマムシの標本を彼が手に入れたと聞いたとき、ぼくはすぐに「どうしても欲しい」と思った。「一目でいいから見たい」なんて思わなかったことにしばらくして驚いたほどだった。 おそらく見ただけでは終わらないと感じたのだろう。


 次に「標本を交換してもらえないだろうか」と考えたが、不可能だと悟った。自慢のモノサシトンボすら相手はもう持っているのだ。


最後に、一度深呼吸した後、「タマムシを彼以上に綺麗な標本に出来るか?」と考えて、このことを意識することをしばらく止めることに決めた。彼は間違いなく自分より良い腕を持っている。さらに、人は成長するのだ。


そして友人達が彼のタマムシの写真を囲んで騒いでいるのを遠めに、自分の諦めが正しかったことを悟った。




 僕は自分が涙を流していることに気づくと、まずタマムシを逃がした。

「すまなかった」


 次に僕は自分の標本を山に持っていくと、標本から針を抜いていった。初めて捕まえた名も知らぬガも、上手くいかなかったコガネムシも、自慢のモノサシトンボからも抜いていった。一本針を抜くたびにそこから自分の血が流れ出るような錯覚を覚えた。最後の一本を抜くときに、自分に刺さっていた杭が取り除かれていくとしたらこのような心地かとふと思った。

「ありがとうな」


 次に僕は標本箱をひっくり返すと後ろを向くと、宿題を済ませるために家に帰った。振り返ることはなかった。


 最後に僕は宿題を済ませた後、部屋の隅に転がっていたボール紙の箱を手に取るとくしゃりと潰してゴミ箱に放り込んだ。




 ふぅとため息ひとつついて僕は思い出した。

「そういえばこの箱のそばに埃まみれの木箱があったっけな」

ここまで読んでいただき有難うございました。

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