第21話 冬籠。
一冬おこなってきたことといえば、朝起きればまずは水汲みと朝の鍛錬、それに魔導のための勉強、魔道の訓練、生活のためのものづくりが加わる。
鍛錬は大変ではなく、ぶっちゃけ、リチャード様で過ごした冬に、少しばかりやることが増えた程度。意外に、魔導の鍛錬が問題なくいったのが驚きだ。ザオベル師匠のいう魔道は簡単にいえば、気だ。
八極拳でも気を練る。騎馬式に立ち、両腕を前に出して立つ時に、丹田で気を練る。呼吸を整えて、気を沈める。すると師匠のいう通りに、「力」を感じる。もちろん八極拳の鍛錬時にも感じていたものだけれど、これが師匠のいう「魔道」、つまり魔の通り道だということだ。
なるほど。
これをうまく動かして、色々使えるということだ。最初は師匠のいう通りに体を通す。丹田から発して、左手から右手に通し、また丹田に戻す。また丹田から左足に通して地面から右足、そして丹田に戻す。
この時点では丸ごと、これまでの鍛錬と変わらない。これに師匠は驚いた。リーシアとしてはそれほど不思議なことはないけれど、この「気」の感覚が魔道だとするならば、確かになかなか理解されないところかもしれない。
カルルもリーシアほどでもないにしても、それなりに魔道を通せるようになっているらしい。これほど短期間にここまで達したものはいないと大絶賛した。
これには居心地が悪い思いをした。前世でも弟弟子の方が優秀だと、兄弟子の嫉妬があって面倒なことになった。優秀な弟子を可愛がりたいものの、それをやりすぎれば兄弟子の面子が立たず、弟子たちに不和が起きる。そのために弟弟子を拝師させる時にはとても気を使った。
仕方がないので、師匠をはじめ、塔のみんなに八極拳を教えることにした。これで、リーシアとカルルがただの弟弟子ではなくて、師匠と同格と言える「教授者」であると示せる。
皆で一斉に衝錘をする。起式から、予備勢、思い切り飛び出しながら突く。カルルの時もそうだったけれど、当然だけどなかなか震脚がうまくいかない。突いた瞬間にぐらついたり真っ直ぐつけなかったり。
みんな最初はそんなもの。
そして、騎馬式の站樁は、正式に魔道訓練に組み込まれた。站樁ができるようになれば、魔道の把握が簡単になる。これをやらない手はない、というのは師匠の弁。
とはいえ、衝錐もできないのに、鶴歩推山は教えられない。そして年を超え、春を迎え、出立の時を迎えることになった。
荷を整え、鈍気に乗せ、師匠は師匠で自分の荷造りをしてウキウキしている。
塔の支配をしていたフランクさんは塔に残らなきゃいけない。師匠についてくるのは、カルルよりは少し年長の、フィレベルクさん。それに、ロバが一頭。このロバに「ロバ」と名前をつけるのが師匠らしい。
こうして人数が増えた一行は、春、また西へ旅立つことになった。




