第18話 尖塔
果たして現れたのは、農夫のような身なりの、体格のいい男であった。農夫らしく日焼けしていて、落ち着いた声をしている。
「いらっしゃいませ。どちらのお方でしょうか」
「これは失礼しました。ミュルクヴィズにて先ほど叙任を受けた若輩騎士、ヴェイツェンドルフのリーシアと申します。こちらは同輩のカルル。
「変わった風景でしたので、つい訪いを入れさせていただきました。こちらの領主様はどちらでしょうか」
「はい。こちらは独立領にて、魔道士ザオベル様が治めております」
「魔道士!?」
あまりの突拍子もない言葉に思わずカルルを振り返るけれど、カルルもまた聞いたことがなさそうで首を振る。
「魔道士というのは、なんだろう、人生を占ったり、人をのろったりする人のことだろうか?」
あまり想像ができないけれども、前世において道士と名乗るものたちが民衆を惑わし、大乱となった義和団のようなようなものだろうか。あれは体を鍛えれば刀槍、銃弾さえも体を通さないと主張するようないい加減なものだったけれども。
「ええ、まあ。そのようなものです」
と、曖昧な返事が返ってきた。ふむ。むきになって言い返してこないということは、それなりの聞くべきことがあるのかもしれない。
「これは失礼でした。勝手な決めつけで主様のお気に触らなければ良いのですが。
「もしよろしければ、主様に御目通りをお願いできないものでしょうか。一言ご挨拶を申し上げ、あわよくば今宵の宿などを、あ、いやいや、これはつい口が滑りました」
「はっはっは」
と、農夫さんはあまり面白くなさそうに笑い、
「それではそのように主人に取り次いで参ります」
「ありがとうございます」
農夫さんが引っ込んで少ししたら、馬止めに鈍気を繋いでいるうちに再びドアが開き、
「こちらへ」と中へ案内される。
暗い尖塔の内部は目を凝らしてもろくに見えず、慣れるまでに時間がかかった。内部には何人かの人間がおり、ここで暮らしているらしい。
「こちらへ」というので、農夫さんに従って、階段を登る。
木でできた踏み板が軋み、二階に登る。
壁で区切られた部屋に、割と厚い、立派な扉がある。
「お客さまをお連れしました」と、農夫さんが声をかけると、
「入りなさい」と中から若い女の声が響いた。
入り口をくぐると、奥の席に座っていた席から人影が立って近寄ってきた。
失礼がないように、跪いて畏まっておく。
「いらっしゃい。顔は上げてもらって構わないし、当然、立ってもらっても構わないよ」
と気さくな声がするので立ち上がれば、歳のころはリーシアよりも若干年嵩だろうか。それでも無邪気そうな笑顔がなんとも可愛らしい。
頭からローブをかぶり、トコトコと歩いてくる。
「ヴェイツェンドルフの騎士、リーシアです」
「同輩の騎士カルルです」
「ここの土地を管理している、ザオベルだよ」
と、握手をした。ザオベルの手はまるで人形のように滑らかで、これまでに何をして生きていたらこうなるのか、全く想像ができなかった。前世をおいてもこんな手は見たことがない。ゴツゴツしていて傷だらけでささくれだった自分の手を、生まれて初めて恥ずかしいと思ってしまった。
こんな手で触れてしまって、ザオベルさんの手に傷がついたら申し訳ないとさえ思ってしまった。




