第4話 金剛八式 川掌/降龍
冲錐をはじめて20日ほどたち、上半身もぐらつかなくなってきたので、今度は川掌に取り組むことにする。川掌は鶴歩推山ともいい、わかりやすくいえば、開掌でおこなう冲錐になる。
馬歩站樁、冲錐をおこなってから起式になる。片足に重心をかける右虚式になって構える。ただし、冲錐とはことなり、両手はにぎらず、開掌のままだ。
そうして軸足を踏みおとす震脚をおこない、開掌を突きだす。
また、左虚歩になってから、左開掌を突きだす。
くり返してすすむと向きをかえる。
冲錐と川掌では、この体の向きをかえる、回身式が大きくちがう。
突きだした掌を頭上を通しながら体にもどすと同時に、引き手の方は指先をそろえる鉤手にしながら下から甲を上にして振り上げ真後ろで止める。この手の動きに合わせて下半身は騎馬式から後ろ足に体重をかける七三式になる。
体の向きが大きく反転して、前後が逆になるので、八極拳にはめずらしく、上半身はそれまで後ろだった前に傾く。
ここからさらに鉤手を開掌にかえ、体の前をぐるりと回すように、動かすその勢いを使って後ろ手をさらに上から斬り下ろすように振り下げ、掌打をおこなう。回すように切った掌は後ろに回るので、掌を前後に開くようになる。この切るように振り下げる動作を「劈」と言い、したから切り上げる動作を「掛」という。
七分かけていた体重を全部にして、後ろ足を前に進める。
振り下ろした掌が体の前をとおって後ろにくるころに、もう片方の掌は顔の前にたて、防御にする。
こうして体を縮めて力を蓄える。足を踏みだす力をつかって、顔の前にあった掌を後ろに勢いよく振って、縮めていた掌を鉤手にして振り上げる。鉤手にした掌は開掌にして前に突き出すが、後ろ足は体重をぬいて前足の前に進める。体の向きはそれまでの鉤手の方に向き、次の準備姿勢になる。
八極拳の風格と大きくことなるが、これこそが李書文の制定した金剛八式だ。さまざまに交流した他門派の技法を大きく取り入れた。
単式練習、すなわち、一つの技だけを繰り返すやり方は、形意拳の五行拳や、太極拳の練習方法だし、この回身式は明らかに劈卦拳の技法をまねている。八極拳は短打、近い距離での戦いを得意とする分、遠い間合いを不得手にしやすいので、この遠い間合いを得意とする劈卦拳を加えた。
特に大勢に囲まれた際に劈卦拳の技法は有効に働くと思うのだが、まあ、試したことはない。70年の生涯でも、流石に神槍李を取り囲んでやろうという愚か者はいなかった。
またしばらくはこの川掌、鶴歩推山をもって拳を練ることとしよう。
また20日ほど站樁、冲錐、川掌を練り、金剛八式の三、降龍を始める。
起式になってから、左拳を体の前を通しつつ、左上に突き上げる。下半身は右足に体重をかけ、左足の体重を抜いてわずかに前につま先を出す右虚歩。右手は拳のまま右腰脇に構える。これが準備姿勢だ。
やはり右足を震脚させて左足を大きく踏み出し、左足が前の左七三式になると同時に突き上げていた左拳を左腰に引き、その勢いで右拳を突き上げる。高さはほぼ自分の顔の高さとおなじ、上段突きになる。
上半身をそのままに、後ろ足を引き寄せながら虚歩になれば、左降龍の準備姿勢になる。
降龍の回身式は冲錐同様に、そのまま体を回すだけだ。
こうしてリーシアは馬歩站樁、金剛八式の一冲錐、二川掌、三の降龍までをふたたびその身につけることができた。