第39話 討伐
パキ、ボキリと熊が近づく。
だらりと下がった両前肢がすうっと上がり、顔の両脇に上がっていく。あれが振り下ろされたらリーシアはひとたまりもない。
と、熊の踏み出しに合わせて突き出す。
六合大槍の扎だ。槍の柄をにぎる右拳の回転にあわせて穂先が螺旋に旋転する。
トッと、胸に槍のつきたった熊が、唖然としたように胸元を見おろす。振り上げた腕が槍をへし折る前に槍を戻し、爪を避ける。リーシアの槍は前世のものと違い、穂先に横鉤が出ていて深く突き立たない。逆に言えば、熊ほどの体だとそれほど深手を与えることができない。
抜いた穂先をかすめるように、熊の爪が振り下ろされるが、そのすぐ後にまたすぐ突き入れる。扎で突くので、傷口は大きい。傷のまわりの肉を抉りとる。
八極拳の衝錐は喰らうと後ろに下がるほどの力がある。
もちろん六合大槍とてそれは変わらない。四つ這いに戻って突進しようとする熊をどんどん突き込むことで押し戻し、突進を許さない。
「グ、ガァアアッ!」
苛立った熊が、咆哮をあげる。
まるで猛虎硬爬山のように前足をぐるぐる振りおろす。が、その守りを許さずさらに抜き、突く。
胸の傷をさらに広げ、さらに突く。熊の腕は力無く振られるようになっているが、仕留めるまでは気を緩められない。もう腕をふるうための筋肉がズタズタになっているのだろう。
ただし、牙がまだある。
槍の穂先が肋にコツコツあたっているのがわかる。
熊が息を吸うのにあわせて吹き出た血飛沫が顔にふきかかるので、目に入らないようにつぶってしまった。ただ、突進されないように槍は突き立てたままだ。
これは肺を突き破ったのに違いない。
まだ仕留め切ってはいないが、致命傷にはなるだろう。
片目を開けて、熊の傷を確かめる。
まだ血走った目が、リーシアを睨めつける。
槍にかかる重さが最初の頃より大きい。もう槍を引いた際に前に倒れかかってくる。弾き切れば熊は倒れ、ヒューヒューとか細い息をすることしかできない。
もはやその呼気はその体を力づけはしない。前肢ももはや体を支えられず、だらりと体の両脇にあるのみ。
「騎士さま!」
と、ここに至ってようやく騎士さまを呼ぶ。と、すでに騎士さまはすぐ後ろに立っていて、「うむ」とだけうなずく。
熊の咆哮や、立ち回りの音で気づいてくれたのか。
シャララ・・・、と騎士さまが抜き放った剣で、いまだ牙を剥いて吠える熊の首を落とすと、流石にリーシアもホッとして腰をおろした。足を投げ出して、放松する。
「ふいー、疲れた」
と、「ライナー!カルル!」と騎士様が疾呼する。
二人が藪に駆け込むと、二人の「せいっ!」「ふんっ!」という声とともに少し可愛らしい熊の叫びが聞こえ、そして、静かになった。
熊は母親で、子供が二頭生まれていたのだと、その時リーシアはさとった。




