第38話 遭遇
「ギャアッ!」
鳥の叫び声で目を覚ますと、夜が明けつつある時分になっていた。あたりはまだ暗いけれども、木立の隙間からみる空は明るくなってきている。見張役のフェルディナントさんが振り返って、リーシアの覚醒を確認した。優しい灰色の目がうなずいて、印を送る。
リーシアの肩をおおっていた布は露でぐっしょり濡れていて、ずっしり重い。山を降りるときにはしっかり絞っておかないといけない。
そっとカルルに近づいて起こそうとしたら、近づく気配だけで起き上がり、眠そうに目をこする。顔を洗ってさっぱりしたいところだけれど、我慢だ。
レインベルトさんに近づいて肩を揺すって起こす。
「ん、んんー・・」
リーシアに驚いて声をあげそうになるので、備えておいた左手でふさぐ。恐慌をきたしそうになるのを優しく胸を押しておさえる。
口の前に人差し指をたててみせれば、理解できたようで静かになる。
水筒の水を一口飲んでみせ、喉を潤しておくように伝える。
干し肉を一口かじって口にふくんでおく。舌をかんでしまったり、口の中を切ったりするのを避けられればいいんだけど。
すぐに全員がそろって腹ごしらえをおえる。
騎士さまに視線が集中する。
「周辺を警戒せよ。リーシアは薪の採集を」
得手不得手がある。
「は」と答えて、かまどの周りで乾燥させておいた枝をカマドにくべ、燃え移ったのを確認してから槍を片手に藪に入る。
せっかく濡れた上っ張りを脱いできたというのに、枝葉からしたたる夜露が肩を濡らすので少しいらつく。既に火種があるので、今日は生木を集めてきてもいい。それでも、乾きやすい細めのものがいいのは確かだけれど。
と、朝闇の奥に気配を感じた。
パキ、ポキと枝を踏みしだく音が聞こえる。
ドキドキドキドキと自分の鼓動がうるさいぐらいに感じられる。
音がしないようにゆっくりと、槍を構える。左手に持った小枝は迷ったけれど、結局足元にパラパラ落とす。右足を少し引いて四六式にする。
闇が立ち上がって見上げるような高さになる。
これは熊だ。
リーシアの背丈の倍はあろうかという高さに牙剥く口がある。
正直怖い。怖くないわけがない。
声を出して援護を頼むか。
いや、それが攻撃されるきっかけになるやもしれない。
後退して騎士さまたちの援護を受けやすくするか。
いや、今熊から目を離すわけにはいけないし、流石に凹凸の大きな山の藪で後ずさりたくない。不用意に下がってつまづいたら、危険だ。
よし、ここは腹をくくるしかない。
パキ、バキ、ボキ。熊の踏みしだく枝の音が次第に大きくなってくる。
腹をくくると意外に頭が冴え、いまだ熊が間合の外にあることが見えてきた。鼓動も落ち着いてきた。
ドクン、ドクン。
前世でも熊と相対したことはないので直感でしかないけれど、おそらく攻撃を受けたら無事では済むまい。槍の間合いを生かして、熊の爪が届かないところから致命傷を与えるしかないだろう。
さもなければ一旦足止めをした上で、騎士さまを呼ぶか。
いずれにしても先手必勝だ。
「ふー」
ゆっくり息を吐く。知らず肩に力が入っていたらしい。ストンと落ちた肩で気がつく。




