第32話 神槍への道
春になり、だんだんと寒さがやわらぐころには、従士に槍がわりあてられた。剣にくらべて槍は、鋼鉄が少なく、安くできる割には戦場での威力が高い武器だと知られている。リーシアの前世、武術家李書文は槍の巧みなことで知られ、清代末期には「神槍」の二つ名で呼ばれた。
だからリーシアには「槍」という武器に一方ならぬ思いがある。せっかく授かった二度目の生で身を立てるにはこれしかないと。
そして今生における槍は、前世の記憶にあるものとは少し違いがあり、多少の動揺があるのも事実だった。
まず、柄が太い。心持ち、といった程度だけれど、太い。そして硬い。全体としてずっしりと重くなり、前世のような軽妙な技を使うのは難しいかもしれない。
最大の違いが穂先だった。
柄の先に穂先をはめ込むのは変わらないけれど、なんと横向きに鉤が出ている。先輩従士ライナーの説明によれば、この鈎で突撃してきた敵騎士を引っかけて落馬させ、止めを刺すのだという。
「そんな簡単にはいかないけどね」
と、ライナーは笑った。
なんと、槍で突撃してくる騎馬に対応しなくてはいけないこともあるのか。生半可なことではない。
練習用の槍は、先端に綿をつめた布包を取り付けてある。これで、剣と同じ木人を突いて、鍛錬する。ただし、前世の槍と違って、左手には盾を持つ。これが大きく違う。大槍も大変だったが、この重い得物を片手で操るのは技はもちろん、これまで以上の膂力がいるのは間違いない。
もちろんこの円楯も常に手に持つわけではないから、槍を片手で使えなくてはならないということはないだろうが、こんなものは使えるようにしておくのに越したことはない。
もちろん敵兵士に止めを刺す、短剣の操作もそうだ。最終的にはこの短剣がリーシアの身を守ることになる。使いこなせておいて損はあるまい。
とはいえ、ここにきて槍の技術をまた、学び直すのも大変だというのは間違いない。少し、安易に考えすぎていたかもしれない。
盾を持ったまま突く。扎では槍を捻りながら突き出し、威力を高めるのだけれど、片手でこの鉤槍を捻りながら突き込むのは無理がある。とはいえ、八極拳の歩法を応用すれば十分威力を高められることは確認できた。
「ふむふむ」
六合大槍では絶対に使わない技法が、対騎兵戦術だった。突撃してくる騎兵に間を合わせ、槍の石突を地面に刺して、穂先を騎兵に向ける。当然、あまり事前にやってしまったら騎兵は突撃してこないし、遅ければ自分が騎馬に跳ね飛ばされて死ぬ。
騎兵が対応でないわずかな時間で、槍を騎兵に向けたまま、石突を地面に突き立てなくてはいけない。
また、鉤の先端も当然尖っているので、振るうだけでも武器としての効果がある。この時ばかりは流石に盾は腕につけたまま手を離し、両手で槍を操らなくてはならない。
まだまだ鍛錬をはじめたばかりなので、穂先の重さ、槍の重さに体の芯がぶれるけれど、これがなくなってくれば、戦場でも使えるようになるだろう。
まだまだ神槍への道は遠いと言わざるを得ない。




