第27話 大纒崩錐
カルルは強く息を吐いて、中段突きを打ち込んできた。悪くはないが、流石に体力が限界で、軌道が揺らいでいる。そこを右手で捉えて引き、体勢を崩したところに左足を進め、左崩錐を打ち上げる。最初の巻き落としは大纒糸と言い、後半の崩錐と合わせて大纒崩錐とも言う。
李書文が晩年に崩跳槍から編み出した、独自技になる。これで挑戦者を打ち殺したこともあるけれど、まさかカルル相手にそんなことはしない。足払いになった左足と打ち上げた崩錐とで軽く尻餅をつかせるに止める。
「いかがでしょうか、騎士様」
と、騎士様に向かって深く頭を下げる。
「ちなみにカルルは同郷にて、数年にわたって武芸を教授しておりましたのでここまで戦えました。
「私はこの技芸をもって、騎士様にお仕えしとうございます。
「また、徒手武芸はともかく、騎士の戦い方、しきたり、嗜みは全く存じませんので、是非ともご教授いただければと存じます」
と、徐に、噛み締めるようにゆっくりと言ってみる。ここで万一騎士様に拒否でもされたら前途が断たれてしまう。それだけは避けなくては。
長い沈黙の後、
「・・・よい」
とだけ聞こえた。
はっと気がつき、見上げた時には騎士様は建物に入る、マントを羽織った背中しか見えなかった。
軋む音と共に扉が閉まり、ふっと気が抜けそうになる。
前に立ち並んでいる人の表情は複雑だった。年が近い、子供と言ってもいい歳の子の中にも単純に驚き、憧れる表情の子もいれば、鼻白んで恐れている表情もある。
振り返って、ジョールグさんをみやればあからさまに安心していて、馬車に戻ろうとしていた。
多少、いや、かなり疲れたけれども荷下ろしは手伝おう。
鉛のようだと言うと大袈裟だけれど、連戦した疲れを引きずって馬車に行き、一緒に倉庫までついていく。村のみんなに言われるまま、麦の袋を奥の方から積んでいく。
積み終わったら、入り口脇に置いてある麦袋を村の目印があるものだけを馬車に積んでいく。
積み終わった馬車は、再び門を開いて出ていく。
門はすぐに閉じられ、真っ暗になった。カルルに声をかけられて、お館の案内をされる。
基本的に騎士様が入っていった母屋の部分はリーシアやカルルのような従士の見習いは立ち入り禁止だそうだ。厩では馬の世話をする。これは何人もいる従士見習い全員で世話をする。従士はいずれ騎士になるので、この気の荒い軍馬にもなれておかなくてはいけない。
飼い葉や水場の置き場所にも知っておく必要がある。体を洗うのは週に一度。安息日だけだ。
寝床は壁沿いにある従士、従士見習いが寝泊まりする長屋になる。ここに5人で一部屋を使うことになると教わった。
騎士様の配下には村が三つあるので、今年はリーシア以外にもあと二人、出仕者がいるはずだ。全ての出仕者が揃ってからまた、組み合わせが決められるようだ。
とりあえずは1番の新人として、顎でこき使われることになるそうだ。
まあ、そうだろう。自分だって徒弟には長幼の序をつけてきた。逆にそうでなければ、何十人もの集団はまとまらない。
まあいい。食堂は長テーブルが一つあり、周りに人数分の樽がある。そこに座って食事をするらしい。
明日以降の予定はカルルによれば、特別な日以外は朝から館の周囲を走り回り、体力づくりをするそうだ。従士になってからはそこに武芸の鍛錬が加わり、従士見習いは畑で作物を住み込みの農民と一緒にやる。
明日からの修行生活が楽しみだ。




