第22話 堤篭換歩(ていろうかんぽ)
飛ばされたハルトさんは尻餅をついて少し止まっていたが、すぐに激しく咳き込んで体をかがめた。血を吐いてはいなかったので少し安心した。
少し咳き込んで落ち着くと、のっそりと立ち上がった。フィオンさんと同じ目をしている。それは、神槍と呼ばれる前の李書文の目と同じだ。
ごくりと唾を飲み込んだのは、ハルトさんか、それともリーシア自身か。
ハルトさんの顔がみるみる真っ赤になる。怪我をさせないようにしたのが仇になったみたい。怒りによって全身に力が入っていくのがわかる。肩が盛り上り、腿が膨れ上がる。
喉の奥から聞こえるのは唸り声か。
怖い怖い、熊みたい、なんておちゃらけてる場合じゃない。
背中を汗が伝って落ちたのがわかる。
ハルトさんがゆっくり歩をすすめる。右。左。
掲げたままだった右掌をそっとおろす。
下げきったところを見計らって、ハルトさんが突進してくる!
「ガァッ!」
怒りにまかせた突進なので、隙だらけ。ただ、正面から打ち合ってしまったら負ける。ダメージは大きくなるけれど、それは自分もおなじ。捨て身の攻撃では勝てないけれど、「捨身」は有効。
後ろ足を左の外から大きく前に出し、突っ込んでくるハルトさんの前進線から架式の中心をずらす。手が届く寸前で、体をかがめて左に逃げる。
『あぶな!』
ハルトさんの掴みかかってきた手がおさげ髪の先をかすった。掴まれたら終わってた。
残していた右足を引き寄せて震脚をすると、左肘を打ち込む。
頂心肘では打撃の際にも震脚をする。
一番下の肋骨にあたったらしい。ゴリッと、骨が折れる手応えがあった。
先ほどと同様に飛ばされ、突っ込んできた勢いもあって、横倒しになる。死んではないはずだけど、どうだろう・・・。
「ハルト!」と騎士様がさけんだ。
ハルトさんは意識がない。
「誰か」とハルトさんの救護を頼んでみる。流石にリーシアには抱え上げることさえむり。
みんなの顔から力が抜け、口がポカンと開いている。
もう一度「誰か!」と、もっと強く呼んでみた。
と、ジョールグさんともう一人の村のおじさんがあわてて駆け寄ってきた。
二人が抱き起こす前に、背中をドンと叩いておく。
「ガハッ!」っと、ハルトさんの止まっていた息が戻った。吐血もないので、意識は戻ってないけれども死んだりはしないだろう。
騎士様の方を見ると、顔を真っ赤にしてあの暗い目をしている。
やれやれ、まだわかってはもらえないか。仕方がない。リーシアも腹をくくらなきゃ。




