第28話 フィレベルク小僧
翌朝、朝と共に目覚め、野営を片付け、出立する。いつも通りにリーシア、力強きもの、フィルさんで交代して周辺警戒をしたけれども、全く杞憂に過ぎた。
昼間同様に、グリフォンを狙う野生動物なんていやしないのだ。全くキューちゃん様々だ。感謝を込めて朝の世話をする。ロバが訳もわからずキューちゃんだけ贔屓されていることに不満を漏らしていななくが、こればかりは仕方がない。ロバに怯えて襲撃を避ける野生動物なんていやしないんだから。
明るくなっていく空を見上げながら、長閑な街道を進む。ミュルクヴィズに比べて樹木が少なく、空が明るい。少しずつ高度が下がっているのか風景が変わっていく。
のどかな、久しぶりにのどかな道行だ。国を離れて2日目。ようやくしがらみから解き放たれた気がしてきた。故郷に戻れないことは寂しいけれども、従士になった時にはもう、その覚悟は決めていたと思う。そういえば、一度里帰りというのは違う気はするけれども、ヴェイツェンドルフに戻ったことはあった。
とはいえ、その際も別に家族は顔を見ただけで言葉を交わすこともなく、当然家に一歩も立ち入れなかった。そういう意味では帰省したという気は全くない。そういうリーシア、またはこの世界の感覚については、何かと帰省しては一族で顔を合わせて旧交を温める習慣があった漢族の李書文とは感覚の違いが大いにあってモヤモヤしたものがある。
そうは言ってももう、10年近く帰っていない。そしておそらくもう、2度と帰れない。そう思った時の寂寞感はなんとも例えようがない。とはいえそこに平然としているリーシアの気持ちもあって単純ではない。
もちろん、リーシア以外の面々はそれほど故郷への思いはないように思える。
「そういえば師匠。師匠って塔で生まれたんですか」とふと聞いてみた。
「わっはっはっは!そんなバカなことがあるか!」と爆笑されてしまった。
フィルさんもなんともあったかい顔をしているので、相当おかしな質問だったようだ。
「私だって、塔とは全然関係ない土地からザオベル様の名前を聞いて弟子入りしたんですよ」とはフィルさん。
これにはちょっと驚いた。
「え?フィルさんって、ベル師匠の親ぐらいの歳じゃないの?」と。
「ワハハハハ!私の方がフィレベルクよりも全然年上だよ」と師匠。
え!?
「フィレベルクが塔に来た頃はまだ小僧でな。『塔の魔女』にとてつもない憧れを持っておった」
えええ?
「こ、小僧ですか」
「ええ、まだ子供でした」とフィルさん。「リーシアさんは騎士に弟子入りしたと思うんですけど、その時、おいくつでした?」
「ええと、リチャード様の館に上がったのは7つの時でしたね」
「私もそうです。ミュルクヴィズの子供はみんなそうでしょう。私の場合はたまたま、村に来た吟遊詩人の語る、塔の魔女の物語に憧れてた時だったんです」
「へえ」フィルさんの故郷は、吟遊詩人が来るような街だったのか。
「その頃の話、もっと聞かせてもらえますか」




