第16話 決闘/六大開
「はじめ!」
というおじさんの声で、フィオンさんが飛びかかってくると思ってた。
でもそのリーシアの予想は外れた。
相変わらず暗い目つきで睨みつけ、じり、じりと足をすすめてくる。
これはやりにくい。
大体において李書文が倒してきた敵というのは神槍をたおさんと逸り、得意技で飛びかかってくるものが多かった。すると大抵は書文があらかじめ用意しておいた「隙」に仕掛けてくるので、そこに打ち込むだけで倒せるわけだ。
後から動いて先手をとるので「後の先」というものもいるが、なんのことはない。あらかじめ仕掛けておいた罠にかかるだけの話だ。
が、フィオンさんは飛びかかってはこなかった。
間合いをはかりながら、少しずつ詰めよってくる。
両手を開いて左右に振り上げ、熊が立ち上がって威嚇してくるかのようだ。
さて、ここで一気につめて頂心肘を打ち込もうか。それとも衝錐か。
と考えてはたと困った。頂心肘だの衝錐だのではフィオンさんを打ち殺してしまうかもしれない。いくらなんでもこの歳で人殺しにはなりたくない。
八極拳には頂、抱、弾、提、胯、纒の6種類の開法、防御を打ち破る技が伝わり、「六大開」と言われるが、このうちの頂は体の中心から外に向かってまっすぐ打ち出す力で、どうしても致命傷を与えやすい。頂心肘や衝錐、川掌などが頂の代表技だが、決め技が多い。
抱は敵の攻撃を引き込んで無力化するが、フィオンさんのように打ち込んでこない敵には使えない。伏虎や抱肘がある。
弾は体の中心からまっすぐ出る、上向きの力になる。上背があるフィオンさんにはどうしても使わなくてはいけないだろう。降龍や、弾陽炮などがある。
提は体を中心に伸ばした手足がぐるりと回る力。圏抱掌や、劈卦拳の技法に多くみられる。
胯は文字通り、腰を回転させる力。胯打のようなものはあるがどちらかといえば、個々の紹式に含まれている。
壥は糸をよるような力の使い方。ねじり、ひねり、回転させる。体を大きく回転させる大纒もあれば、力をねじるように打ち出す纒糸勁もある。大槍では纒を使って敵の槍を打ち落とす。
フィオンさんはどうくるだろうか。
リーシアのつくる誘いには乗ってこない。もう少しだけ仕掛けてみるか。
左四六式に構えていたものを左脚をわずかに進めてみる。
ピクリと、フィオンさんが眉をわずかに上げる。
くるか。




