第12話 誼
驚いて後ずさったオルクスだが、少し考え込んだ上で、視線を上げた。オルクスの表情なんて分かりようもないけれど、どうやら何かを決断したように見える。
オルクスはしっかりと三体式を構え直し、勁を沈墜させた。リーシアもそれに合わせたわけではないけれど、油断なく立つ。
※李書文は晩年、基本的な構えをとることなく、リラックスした状態で左側を前に立った状態で試合をおこなうことが多くなったと伝わる。
リーシアの体勢を構えが取れたと判断したオルクスは、これまでと異なり、「イー!ヤッ!」と大きな声を上げながら突進してきた。
※形意拳の「馬形から炮拳」。
これを真上に跳ね上げ、続く打撃を不発に終わらせる。オルクスはさらに打ち掛かってくるが、これをそれぞれ受け流す。正面からの突きを右に左に、上からの打ち下ろしを堤篭換歩でかわす。
側から見れば余裕を持ってオルクスをあしらっているように見えるかもしれないが、オルクスの拳は拳で決して油断のならない鋭さを持っている。最初のうちこそ腕試し程度と軽めの打撃を繰り出してきたオルクスだが、一度決心してからは、そういったゆるさとも取れる打撃はない。
一合、二合、三合・・・。何かを確かめるかのように、オルクスが打ち込んでくる。リーシアがそれを一手一手、受け、捌き、かわす。
もはや数えきれなくなるほどの回数を受け、気がつけばオルクスの姿が捉えにくくなるほど陽が傾いた頃、ようやくオルクスが拳を止めた。
拳を両脇に垂らし、何かをいう。それを師匠が
「参りました。私の力ではあなたに及ぶところはありません。この上はあなたを村に取り継ぎますので、ぜひ私にその教えを授けていただけませんか」
と訳した。
「よろしく頼む」と答え、「ところでその村へは、ここからどれぐらい離れているのだ」と聞いた。
「流石に今日これから日没までには着きませんが、歩けば半日ほどです。その馬車はここに置いていくしかありませんが」
「あいわかった。それでは今夜はここに泊まり、翌日村に案内していただくとしよう」
オルクスが森に鋭く叫ぶと、木の葉枝がガサガサと騒ぎ、奔るものよりは体の小さい、それでも成人男子ほどの大きさはあるオルクスたちが周囲から湧いてくるように現れた。その数およそ20人は下らない。
森の奥へ走る音もあるが、あれはおそらく村への伝令だろう。そこは問うまい。
そして流石にピーちゃんの姿には畏れを抱いているのが理解できる。それはそうだ、グリフォンを討つのは容易ではない。経験者が言うんだから間違いない。
奔るものが
「これは?」と聞くので、
「グリフォンのピコーだ。私の乗騎になる。強いぞ」
と紹介する。
「ついでにこちらの面々を紹介しておこう。先ほどから通訳をしていただいているのが私の師匠に当たる魔道士ザオベル。当代随一の魔道士だ」
自分自身を当代随一と名乗るのを気がひけるのか、そこだけ頬を染め、俯いて声が小さくなる師匠が可愛い。
「騎士フロールヴ。我が家に仕える一の騎士」
フロールヴが進み出て軽く会釈をする。油断なくいつでも剣は抜けるようにしてある。
「メロヴィク。我が家の狩人。ぺぺ。我が家に仕える従士見習い。鈍気。我が家のロバ」と順に紹介していった。
対するオルクスも順に奔るものが紹介していくけれど、正直にいってしまえば見分けがつかない。かろうじて奔るものとその後ろの弓兵が見分けがつくかもしれない程度だ。どうやらオルクスたちは見た目通りに目ではなく鼻、つまり匂いで世界を見ているようだ。
とはいえここはまず、焚き火でも囲んで一緒に飯を食い、誼を通じるしかあるまい。互いの酒が口に合えばいいのだけれど。




