第2話 洗礼
「じゃ、カルル。怪我はさせないように気をつけてね」
と、やる気満々のカルルに念を入れておく。
「そこの農民の怪我こそ心配したほうがいい!」っていうのはフロールヴ。正直に言って、カルルが手こずるとも思えないんだけど。
「今から外に出るのも大変だから、まずはテーブルを退けて、広間に場所を作ろう」と言って、場所を開ける。こういう時もフロールヴは手伝わないので、困ったものだ。師匠がテーブルを持ったりしないのは単に、力がなくてみんなの足を引っ張るだけだからなのに。
テーブルをどけ、場所を開けてからカルルが真ん中に進み出す。力みが取れて、いい状態だ。もっとも、なりたて騎士程度にカルルが気合いを入れる必要もないけれど。
フロールヴがそのまま中央に進みそうなので、
「剣は置いておけ」と言っておく。こんなのが武器を持ったまま立ち会うようでは、決着した後に何をしでかすかわかったもんじゃない。
が、剣帯だけを外そうとするので、「小剣も」と念を押す。
自分でも経験があるけど、この年頃は言われたことだけしかしようとしない。
「剣はって言ったじゃないか」とかブツブツ言っているが、相手にはしない。戦場で投降した際にそんな言い訳が通用するわけもない。
二人が真ん中で向かい合う。フロールヴは左手を前に、右手を腰前に、左足を前に構える。どことなく、形意拳の三体式を思わせる構えだ。三体式よりは少し正面に隙があるけれど。
対するカルルは軽く体を斜めに向けて、左肩をやや前に出した。
両腕は体の脇に軽く垂らす。
フロールヴがジリ、ジリと進む。カルルはすぐに反応しない。と、フロールヴが仕掛ける。腰前の右手を拳にして突く。
カルルはそれを軽くさばく。一見してスッと軽く捌いているように見えるが、十分に勁を化している。勢いが引っ張られたフロールヴは前にのめって姿勢を崩す。
その額をカルルが右の人差し指で軽くつく。
あっと、驚いた顔をしたフロールヴが顔をあげた。
カルルはスッと後ろに下がって、追撃しない。
何をされたのかを理解したフロールヴの顔にカァッと血が昇って、真っ赤になる。
今度は構えも何もなく、カルルに突進していく。
「があああぁっ!」
もはや武術も何もない。突進してきたフロールヴだが、身をかわしたカルルが足を引っ掛けて転ばせる。
ガバッと立ち上がると再び叫びを上げながらカルルに突進する。
これはもう、立ち会いでもなんでもない。
「カルル!止めろ!」
と、命令をする。
「う!」と短く答える。戦場での指揮なんてこんなもんだ。構えもなく突進してくるフロールヴ。その額を右手で掌打し、のけぞった一瞬に、胸と腹の間を体を強く回して叩く。こうすると、強い痛みで昏倒させられる。
※いわゆる「リバーブロウ」である。肝臓自体にダメージを与えるわけではないが、強い痛みを引き起こした上で、横隔膜にショックを与えることでその動きを止め、呼吸を止める効果もある。
流石にこれにはフロールヴも耐えきれずに起き上がれなくなる。
とはいえこれを放置しておくと呼吸ができないために死んでしまうので、少し放置してから喝を入れる。怒るよりも何よりも、まずは呼吸の確保が優先だ。
息を吹き返し、落ち着いたのを確認して再び問う。
「フロールヴ、まだやるかね?」




