第13話 決勝戦/放松力
ルークおじさんを下した後は、いよいよ決勝戦だ。まわりのわき方がすごい。リーシアもちょっと興奮してきた。あんなおじさんを相手に二人も抜いたなんて。
心のなかの神槍が気をつけろと言っている。
父さまが「よくやった!よくやった」って頭をなでくりまわすから、髪の毛がぐしゃぐしゃになってしまった。
カップに汲んでもらった水を一口ふくむ。
さて、次は一度手の内を見せてるフィオンおじさんだ。あのにらみ方は、前と同じようにはやられないってことだろうと思う。
やりようはまだいくつかあるけど、実際、どうやったらいいかなんて、その時にならないとわからない。これまでだってそうだった。神槍の記憶では。
「決勝戦!リーシアとフィオン!」と、ジョールグさんが呼ばわる。
「今年は昨年で引退したビョルンにかわってユージェンのところのリーシアが出場したけど、これまでなんと二人を抜いて、決勝進出だ!」
おおうと村のみんながどよめいた。
はっきり言って、村の生活なんて、こんなお祭りぐらいしか楽しみなんてない。後はどこの息子がどこの娘とくっついたとかなんとか。
まわりではそんな話ばっかりしてるけど正直リーシアにはよくわからない。神槍の記憶もそのへんをにごしてくる。
まあいいや。
ちょっと力みを取るために、ズシンと震脚をして騎馬式になってみる。両手を軽く握って前に出し、少し逆腹式呼吸で息を整えてみる。
スーッと上がりかけていた血が落ち着いた。
真っ直ぐ立って、広場の真ん中に進んでいく。
フィオンおじさんがギラギラした目でにらんでくる。ちょっと口角が上がってるのは、何かやろうとしてることがあるんだろう。それはまあいい。
進み出て、フィオンおじさんの左手首をにぎる。ルークおじさんほどではないけど、太い。
「はじめ!」
掛け声に合わせて、リーシアの左手がものすごい力で持ち上げられる。フィオンさんの狙いはこれか。つまり、リーシアの放松力で力を外される前にリーシアを持ち上げ切ってしまおうということか。
だけど『甘い』。
化勁というのはそういう対策でなんとかなるものじゃないからこそ、防御技術として成立している。放松したものを力一杯動かそうとした時に、一瞬力が抜けるのはもう、どうしようもない。言ってみれば、重いと思って力を込めて持ち上げようとしたものが軽かった時に、勢いが余ってぎっくり腰になってしまうようなものだ。
そして、リーシアの左手は荷物と違って、リーシア自身が力を入れたり抜いたりできる。
つまり、だ。
フィオンさんが力一杯持ち上げようとしたその瞬間、一瞬だけ力を入れて、すぐに抜けば対策してないのと全く同じ反応を引き出せてしまうわけだ。
力を抜いているものとして手を引っ張り上げようとするその瞬間、わずかな間だけ力を入れて抵抗する。
すると反射的にどうしても力が入る。
そしてその直後にまた放松力を使うと対策をしなかったのと同じに、誘導できるわけだ。すると当事者以外の人間にはフィオンさんが「勝手に転ぶ」ように見える。
これを教えてくれた太極拳家は相当のやり手だったに違いない。神槍とおなじ李なんとかと言ったと思うが、忘れた。
「リーシア!」
勢いがあまってゆらいだ上体を少し左に誘導しただけで転ばす程度のことはできた。
小さく拳を握って、「よし!」と快哉をさけぶ。




