第33話 放逐
なんと言うか、今度はファイト殿がリーシアに付き纏い出した。声をかけるようなことが減って、なんて言うのか知らないけど、とっても気持ち悪い。ウェスタヤルトの巡回をすればいく先々に見かけ、夜ともなると見えるところに焚き火をする・・・。もっとも、それほど夜遅くまではいられないようで、宵のうちに焚き火は見えなくなるけれど。
はっきりいって、ファイト殿が単独行動をしていて、1対1なら決して遅れを取らない自信があり、リーシアが騎士として単独行動は決してしないからなんとか耐えられる。それでも完全に単独行動を避けられるわけでもないので不安は拭えない。
何よりも「そもそも常に監視されている」と言う事実そのものが耐えられない。エーバーハルト様に訴えたけれども、はっきりした返答は当然もらえない。
全く恐ろしい。これまで熊にはじまって、ゴブリンやコボルト、グリフォンに軍隊とさまざまに戦ってきたけれど、それとは比べられない恐怖がある。
明らかな危険の方がまだマシだ。
「まだ問題は解決しないのかい?」とは、師匠。
「ええ。全く」
「これでまだ、接近してきて話しかけでもしてくるのならやりようがあるんですが」
「全くひどい顔色だよ、リーシア。
「今度、街に出て、一言言っておこうか?」
「できますか」
「わからないけど、やってみよう」
「お願いします」
この件に関して、任せられる人といえば、師匠しかいない。難しい。
直接会ってお断りしたと思ったんだけれどもな・・・。
そんな折、ギュンター公に秘密裏に呼び出される。
これまでに数度しか言葉を交わしたことがないし、何よりも公式の場だけの話だ。なんの話かはわかっているけれども、話がどう決着するのかがわからない。一人で行くわけにもいかないので、メルさんを伴って登城する。
これまでと違って今回は、控えの間のそばに通された。
初めてと言っていいほどギュンター公との距離が近い。
「此度はとんだ迷惑をかけたな」挨拶を終えた開口一番、公が切り出す。
「は、いや、どうも・・・」と返事に窮してしまう。
「息子ながらあそこまで物分かりが悪いとは思っておらなんだ。
「全く言うことを理解しようとせん。これ以上のことがあらば、廃嫡だけではなく勘当する必要さえあるかもしれん」
「心中お察しいたします」
「なんの。貴公の方こそその心労が見るに耐えかねんぞ」
「は。近頃は以前のようには近づいてこず、遠くから見えるように見張られているのみで、それがまたなんとも堪えまして」
「他に女をあてがえばなんとかとも思ったが、酒場で踊るような女では無理のようだ」
それはそれでどちらにも失礼じゃないかとは思ったけれども、ここは黙って頷くだけ。
「私の方からも直接お断りはしているのですが」
「後はもう、放逐するしかないのか」
それは・・・・それはまた、この親子にとって耐え難い不幸だ・・・。
「それにしても、ファイト様にこの褒美を諭したのはどなたなのでしょうね」と、鎌をかけてみる。
「知っているだろうにあえて問うか」
「いいえ。滅相もありません。ただ、ギュンター公はいかが致されるのかと思ったまでで」
「ふむ。実のところどうしようもあるまいな。奴めらがしたのはただの唆しであって、何かに害をなそうとしたと言うものではない。
「仮に何かの証拠があっても何もできまいよ。何か唆されたとて、その後の理をわかって、貴公の嫁取りを諦めなんだのはファイトの愚かさによるものだからな。
「奴らの狙いは少しファイトを唆して、貴公に少しだけ嫌がらせをして鬱憤を晴らす程度のこと。まさか我が家の家督にまで累が及ぶとは思ってはおらなんだろうよ。
「そこを無理に追求すれば、逆恨みを買い、貴重な戦力を失いかねぬ」
「ですね」
「なればファイトはもう一度説得してみて、聞かねば放逐するしかあるまい」
「お労しい限りです」
「口だけでもそう言ってくれるのならありがたい。
「此度は功を上げた貴公に誠申し訳ないことをした。息子に代わって詫びさせてもらう。今後ともウェスタヤルトの前線を、いや、もう第二線になってしまったのだな。それでも危険度の高い戦場には違いあるまい、頼むぞ」
席を立ち、跪いて首を垂れる。
全くファイト殿はギュンター公のわずかなりともなぜ受け継がなかったのか。
あ、師匠にお願いしたことが完全に無駄になってしまった。




