第14話「私の幸せ」
暗い夜道を私は歩いていた。そういえば一人でこの道を歩くのはあの雨の日以来だ。あの時もすごく寂しい気持ちでいっぱいだったけれど、今日はそれ以上に寂しい。この感情に押しつぶされてしまいそうになる。夜の街ってこんなにも静かだったんだ。
今日、康太は富永さんと恋人になれた。それは康太がずっと抱いていた夢で、私が選んだ道でもある。叶わぬ恋を捨てた私の選択。
これでよかったんだよ、これで。
これでいい……。
…………。
……いいわけあるか。
ずっと自分に言い聞かせていた自己暗示も遂に効力を示さなくなってしまった。これが康太にとっての幸せだから、と自分の中に抑え込んでいた恋心。その思いが今になって暴走しようとしている。心臓がズキンズキンと激しく鼓動を打つ。胸元をぎゅっと抑えても、この痛みは治まる気配はなかった。
苦しくて、息も絶え絶えになる。堪えていた涙も溢れ出てきそうだ。病気ではない別の何かが原因だというのはわかりきっている。いや、もしかしたらこれも何かも病気かもしれない。ずっと昔にかかって、今もなお治っていない不治の病。
「康太のばかぁ……」
悔しかった。悲しかった。私は子供のように大泣きしながら帰り道を歩く。こんなに好きになるなら、康太と出会わなければよかった。そうすれば、康太は気兼ねなく富永さんと付き合えるし、私もこんな風に傷つくこともなかったのに。神様は残酷だ。
幸せって何なんだろう。誰かの幸せのために別の誰かの幸せが踏みにじられる。そんなことあっていいのだろうか。だって、こんなの、あまりにもひどすぎる。
途中で康太が私の元に向かってきてくれる、なんて淡い期待を抱いていたけれど、当然そんなこともなく、私は家に着いた。
「ただいま」
おかえりなさい、と母は出迎えると、「どうしたのその顔」と尋ねてきた。洗面所の鏡で顔を確認すると、目元は赤く腫れ、顔も少しむくんでいた。こんな顔康太に見せられない。来なくてよかった、と少し思った。
「何かあったの?」
「なんでもない、大丈夫だから」
私は二階に上がり、自分の部屋に入ると電気もつけずにベッドに勢いよくダイブした。足をバタバタさせて悶絶する元気もない。だけど頭の中ではさっきの告白の場面がずっと繰り返し流れている。
どうして振り向いてくれなかったんだ。
どうして告白しなかったんだ。
康太への、そして自分への怒りがこみ上げてくる。だけどもうどうしようもできない。過去の臆病な自分を悔いたところで、今が変わるわけではない。
「康太……」
また涙がこぼれた。ボロボロと流れて止まらない。声を殺し、私は泣いた。人生で一番泣いた日だと思う。