暴走ミカン Mu
使用お題:「悪魔」「鞠」「鑑賞用の魔法」
「クリスマスパーティーがしたーい!」
突然ミカンさんが叫んだ。久々の週末読書会後の宴席でのことだ。
「え? なんですか、今頃? もう1月も半ばですよ?」
「だってだって、この年末はクリスマス会も忘年会も新年会も出来なかったのよ!」
「まあ、そうですね」
「で、しょう! そんなのってないじゃない!」
「あー、まあ、はい」
僕が曖昧に相づちを打つとミカンさんは我が意を得たりとばかりにまた声を上げた。
「だから、楽しいパーティーがしたいの!」
今日は新しい年が明けて初めての助助文学サロンでの読書会だった。久々開催になったのは年末にあった前回の読書会の後、新型コロナの感染者が急増して緊急事態宣言が出されたからだ。その所為で僕らは多人数での集会はもちろん、外出自体も禁止になってしまった。だから年末も年明けも文学サロン関係のイベントは自粛に追い込まれたのだ。先日、一月ぶりにようやく緊急事態宣言が解除されたので久しぶりにみんなで集まることが出来たわけだ。そんなわけでミカンさんの言うことももっともなわけだけど、それにしても一月半ばにクリスマスパーティーはないんじゃないかと思う。そう言うと、
「なによ、ボクくんは楽しいことしたくないの? 一月も会えなかったのに淋しくなかったわけ?」
「あー、そうですね、みなさんに会えないのはやっぱり淋しかったというか……」
「あたしは?」
「え?」
「あたしのことは?」
「ミカンさんですか?」
「会えなくて淋しかった?」
あーどうだろう? そりゃあ、普段いつも身近にいた人と長く会えなくなったのは淋しくはあったけど
「えーと……」
言葉に詰まっているとミカンさんがフンと口をとがらせた。
「もう、ボクくんのバカ」
「へ?」
「あー、もう……だから、楽しいパーティーがしたいの!」
ミカンさんが怒ったように叫んだ。
「ミカン、それならこう言うのはどうですか?」
突然背後から声が聞こえて振り返った。
「あ、マツリカさん」
「マツリカちゃん? こう言うのって何?」
ミカンさんが尋ねると
「みなさん、ちょっといいですか?」
マツリカさんが宴会で談笑している文学サロンのみんなに声を掛ける。
「うん?」「なに?」「どうしたの?」
マツリカさんはみんなを見渡しながら
「少し電気を消して暗くしてもいいですか?」
「なになに?」「何が始まるの?」
スイッチの近くにいた人が電灯を切ると途端に部屋の中が真っ暗になる。何人かがスマホであたりを照らすのが見えた。その時、明らかにスマホの光とは違う明かりがぼわっと灯った。見るとマツリカさんが胸の前でかざした掌の中で赤い光が炎のように揺らめいている。
「わあ、なにあれ?」「手品か?」
周りでみんなが声を上げた。次の瞬間、赤い炎はパチンと弾けてキラキラと輝く無数の光の粒に変化した。その光は色とりどりに輝いて、マツリカさんが指を振るとその動きに合わせて部屋の中をクルクルと飛び回った。みんなが、わーと感嘆の声を上げる。僕も呆気にとられてその光の舞いに見とれていた。やがて光の粒は明るさを減じ、静かに消えていった。
誰もが声を出せずにいた。やがてパチンと部屋の明かりが点いた。その時になって部屋に大きな歓声が響いた。
「わー、すごい!」「なんだったのあれ?」「すごかったあ」
僕も我に返って興奮して告げる。
「マツリカさん、すごい! すごいです!」
「そう? ありがとう」
「すごい手品ですね!」
「えっと、手品じゃないの。あれは、観賞用の魔法なんだけど……」
「へ? 魔法?」
その言葉に首を傾げていると、会長が慌てたようにマツリカさんに近寄ってきた。
「マツリカくん、そう言う事は……」
「ああ、そうなのですね」
なにやら二人で目配せしている。なんだろう? 良く分からないけれど、でもほんとに二人、仲いいなあ。やっぱり付き合ってるんだよね? と思ったその時、
「あー、あたしもなんかやる!」
隣でミカンさんがまた変なことを言い出した。
「なんかってなんですか?」
「そんなことあたしにも分からないけど、マツリカちゃんにまっけてられないわ!」
「は?」
「ちょっと手伝いなさい」
「え? え?」
僕はミカンさんに引っ張られて文学サロンの奥にある物置部屋までやってきた。ミカンさんが中をゴソゴソ漁っている。
「ちょっとミカンさん、なにやってるんですか?」
「えーと、なんか使えるものはないかと思って」
「使えるものってなんですか?」
「そんなことあたしにも分かんないわよ」
「えー」
まったく、いったいなにを探してるんだろう? ミカンさんのやることは良く分からない。
「あ!」
ミカンさんが声を上げた。
「どうしたんですか?」
「ほら、これ見て!」
声につられて中を覗き込むとそこには大きなカゴに入った大量の鞠があった。
「え? なんですかこの鞠? しかもこんなにたくさん?」
ぱっと見ただけで二、三十個有るんじゃなかと思った。
「ああ、それね」
不意に声が掛かって振り返ると僕たちが戻ってこないので様子を見に来たらしい会長がその鞠を指さして
「それ、昔ミステリー雑誌の懸賞に当たってもらったんだよ」
「ミステリーの懸賞で、なんで鞠?」
「それはね、横溝正史関連の問題だったんだ。『悪魔の手毬唄』に関係ある謎解きで、それでもらったんだよね。何等だったか忘れたけどちょうど賞品が鞠一年分だったんだ。多すぎるからそんなのいらないって言ったんだけど、送られてきちゃったんだよ」
鞠一年分って、なんだ? 頭の中にそんな疑問がわいたとき、ミカンさんがクルリと僕を振り返って「これだわ!」と叫んだ。僕の背筋を悪寒が走った。悪い予感しかしない。ミカンさんは悪魔的な微笑みを見せながら宣った。
「もうすぐ2月で節分だもの。この鞠で、豆蒔きならぬ、鞠蒔きをしましょう!」
それからあとの騒動は簡単に事実だけを記そう。
「鞠蒔き」と称する節分行事で僕はミカンさんに強制的に鬼の役をやらされて、四方八方から投げられる鞠を何とか避けるというアクロバチックな運動を強いられた。まるでドッジボールで逃げ回る役のようだ。その内、腹が立ってきたのでこっちからも鞠を投げ返してたら、みんな総出で鞠投げ大会に移行して文学サロンが修学旅行会場みたいになって楽しかったけど、会長は部屋の中を飛び回る鞠を眺めてちょっとオロオロしていて、なんか申し訳なかった。それにしてもマツリカさんには一つも当てられなかった。なんで投げたボールの軌道が勝手に変わったりするんだろう? まあ、いいや。あと、ミカンさんはなんで僕を目の敵みたいに狙って鞠を投げてくるかなあ。なんだろう? あれじゃあ、ちょっと気になる異性に意地悪する小学生男子みたいじゃないか。……え? あれ? まさか……ね?
2021年1月23日 助助文学サロン日誌 文責 (少し動揺しつつ)ボク